音楽の本まるかじり(7)



アメリカの教科書(2)
(1998.5.8.)

『音楽芸術』5月号に掲載された音楽之友社の広告にあるように、「まるかじり(5)」で触れたグラウトの音楽史 第5版(米Nortonの広告によれば、世界の450以上の大学で使われているらしい)の日本語訳が出版されたようだ(上巻のみ?)。1960年版からはかなり見た目も内容も違っているはずだろうから、そのタイトルが『新・西洋音楽史』というタイトルになっているのもうなずける。3分冊になってしまうのは、それぞれの巻を時代史の本として使うことを考えてのことだろうか。実物を見ていないので何ともいえないが、もし索引や用語集などが最終巻だけに載せられるということでは困ると思う。その場合、3冊いっぺんに買わなければ意味がなくなってしまうからだ。おそらく翻訳には大変な苦労があったと思うが、若干値段が高いのは仕方ないのであろうか。音楽用語や作曲家の記述も、現在使われているものに近くなってことを願っている。

また、できれば付属の譜例集やそのCDも日本語で出してくれると理想的だ。しかしこれは歌詞の日本語訳がないことを除けば、原書を買っても、あまり問題はないのかもしれない。

さて、グラウトを初め、西洋音楽史の教科書については一通り述べたが(「まるかじり(2)」参照)、今回は、民族音楽概論の教科書でまだご報告できなかったTitonの Worlds of Music や、ポピュラー音楽の教科書などについてご紹介したい(注1)。


Titon, Jeff Todd, gen. ed. Worlds of Music: An Introduction to the Music of the World's Peoples. New York: Schirmer Books, 1996.

この本がMayやNettlの本と決定的に違う点は、記述の対象となる国が限定されていること、そして対象となった諸国の記述内容がが他の本よりも濃いということであろう。地域的には、例えば東アジアは日本だけ(中国・韓国はない)、インドネシアはジャワ島のみ、インドは南インドのみ、というようになっている(注2)。全体は編集者のティトンを含め計8人により分担執筆されているが、そのすべてが具体的な記述を心がけており、やや学術的すぎるMay本(「まるかじり(2)」)よりは親しみやすく、語りかけるような文体になっているところに好感が持てる。また挿入されているすべての譜例に対応する録音が付属するようになっており(CD、カセットは別売)、実際の音楽が常に身近にある感覚が得られる。社会的文脈を述べた解説や音楽的な分析が本文にうまく盛り込まれており、実例がいきいきとした形で提示されているのがよい。歌の場合は歌詞対訳がついているし、歌詞の象徴的な意味内容にも触れられている。ただ全体として記述があまりにもそれ自体で完結しているので、授業の中で本から話題を膨らませていくのが、ちょっと難しいかもしれない。教師の裁量次第であろう。なお、民族楽器を自分達で作ってみるという体験的学習のコーナーもあって面白いが、例えばボトルネック・ギターの実践(黒人音楽でブルースを扱った箇所)などは、指をケガしたりするのではないか、と老婆心ながら思ってしまう。

しかしながら、この教科書は民族音楽学の実践的ケーススタディを提供するものとして高く評価できるし、世界の諸民族の音楽を自学自習するには最も適した教科書だと言える。


Gridley, Mark C. Jazz Styles: History and Analysis. 6th ed. Upper Saddle River, NJ: Prentice Hall, 1997.

1978年に第1版が出版されて以来、すでに第7版を数える学部生向きのジャズ史の教科書。特に1985年に第2版が出てからは、3年おきに新しい版が作られるほどの人気である。改訂は章のまとまりや巻末の資料の更新に置かれているようだが、改訂ごとにより内容構成が練られ、安定した記述内容になってきているようだ。ポピュラー音楽の本は、どちらかというと、アーチストの人となりを羅列してしまったり、批評家の一人よがりな評論になりがちであるが、この本の場合は、なるべく時代やアーチストの作り出した音楽の様式的特徴を客観的に述べようとしているのが特徴である。要点をはっきりさせるさせるため箇条書が多用されているが、これによって要点が分かりやすくなるとして評価すべきか、あるいは文体の貧弱さとしてとるか、意見が分かれるかもしれない。なおジャズの初心者としての筆者個人は、記述を明確にしようとする著者の努力に敬意を表するものである。

それぞれの時代や様式における代表的ミュージシャン、楽曲分析などは、色つきのコラムで本文と分けられており、効率よい学習ができそうだ。楽曲分析は、教科書準拠のCDが別売されており、CDのカウンターに合わせて、曲の変化を追うことができるようになっている。楽しみのための「鑑賞」を越えて、より詳細な聴き方ができるようになると思われる。ジャズ(演奏)を専攻している学生にも、いわゆる名人たちの偉業をより理論的に掴(つか)むことが出来るという点で、おおいに推薦したい。

より専門的なものを要求する人には、ガンサー・シュラーの著書(注3)がよいのかもしれないが、音楽専攻の学生以外には「導入」とはならないだろうし、「教科書」として使うには情報量も多すぎるような感じもする。また、特に第1巻のEarly Jazzは、音楽様式に集中するあまり、歴史の時間的流れがやや追いにくいという難点はある(Swing Eraの方はそれほどでもないようだが)。現在モダン・ジャズをあつかう第三巻目が執筆されていると聞くが、それが出版されるようになれば、ジャズ研究の専門家をめざす人向きの包括的なジャズ史誕生になるとは思う。


Campbell, Michael. And the Beat Goes On: An Introduction to Popular Music in America, 1840 to Today. New York: Schirmer Books, 1996.

おそらく音楽を専攻してない学部生も考慮に入れて書かれたアメリカ・ポピュラー音楽の教科書。本文は濃い目の青を含めた三色刷りで、青色は章・節などをはっきりさせるために使われており、小見出しや覚えるべき用語はグラウトの西洋音楽史のように、マージンに書かれている。

348ページという分量は、1セメスターの授業には適当な長さだと思うが、アメリカのポピュラー音楽を1840年から見ただけでも、扱い切れない程の素材があることは確かで(もちろんこのような問題は、どの音楽史の教科書においても避けては通れないが)、この本の場合、やはり資料の整った古い音楽や研究の進んでいるジャズやミュージカルに記述のウエイトがかかっていることは否定できず、学生にとって興味を引くことになるかどうかという問題はあるし、現在の社会・文化と音楽との関連性に重点を置くクラスには向かないかもしれない。

また、本書は「音楽様式」を中心にするとうたっており、「社会学的・商業的要素」は不可欠としながらも、控え目に扱われがちだ。この点についても、意見が分かれるだろう。

And the Beat Goes Onの良いところは、これまで述べてきた教科書同様、テキストに準拠した録音(別売りCD5枚かカセット5巻)が用意されていることで、これにより、具体的に音楽を聞きながら教科書の記述を追うことができる。選ばれた音源は、テキストで扱われた音楽要素・音楽語法を耳から学ぶことと、入手困難な音源を提供することを目的として編集されているが、教科書同様、新しい音楽が弱いという問題はある。今のところ、アメリカのジャズ史やロック史のクラスでは、教師が学生用にテープを編集して配布するということを行っているようだが(著作権の問題があるため、クラスの最後にテープは全て廃棄されるか消去される)、そういった手間が省けるような良い音源はまだ現われていないようである。


Briscoe, James R., ed. Historical Anthology of Music by Women. Bloomington, Indiana University Press, 1987.

「女性と音楽」については、音楽におけるフェミニズム理論の台頭とともに、日本でも盛んに議論されるようになってきているが、いざ作曲家となると、とっさに浮かぶ人数はまだあまり多くないかもしれない。この譜例集は、西洋音楽史上に現われた女性作曲家の作品を中世から現代まで並べたもので、バランス的には中世・ルネサンスの作曲家の少ないのが若干気になるが、別売りの録音(CDまたはカセット)とともに、大ざっぱに女性音楽史の概観をつかみたい人には便利である。それぞれのエントリーには簡潔ながら充分な伝記的情報、入手可能な録音や文献も挙げられており、音楽を中心とした女性音楽史の学習・指導に役に立つ資料となるだろう。


(1)「まるかじり(2)」への追加

グラウトの音楽史をもとにして、短縮版の音楽史本がNortonから出た。Barbara Russano Hanning, Concise History of Western Music (ISBN 0-393-97168-6、586ぺージ) だが、こちらの方が原著よりも使いやすいとする教師もいるだろう。またStolbaの本は改訂され、持ちやすいサイズの本になった。

(2)その他、この本で扱われている地域は、北米:アメリカ原住民、アフリカ:エウェ、マンデ、ダグバンバ、ショーナ、バ・アカ族、北米:黒人アメリカ、ボスニアと中央・東南ヨーロッパ、ラテン・アメリカ:エクアドルである。なお、民族音楽学の概念を扱う章が最初と最後にある。

(3)シュラーのジャズ史三部作で、概に出版されているものは以下の通り。

Schuller, Gunther. Early Jazz: Its Roots and Musical Development. New York: Oxford University Press, 1968. 法政大学出版局より邦訳あり。

______________. The Swing Era: The Development of Jazz: 1930-1945. New York: Oxford University Press, 1989.

(4)一方、新しい素材を扱うロック史の本は、反対に音楽様式に関する記述が薄く、著作権の問題からか、譜例がないものばかりで、これはこれでバランスがとれていないという印象を拭い切れない。Gass, A History of Rock Music: The Rock & Roll Era, (New York: McGraw-Hill, 1994 )、David P. Szatmary, Rockin' in Time: A Social History of Rock-and-Roll. 3rd ed., (Upper Saddle River, NJ: Prentice Hall, 1996)、Reebee Garofalo, Rockin' Out: Popular Music in the USA (Boston: Allyn and Bacon, 1997)を参照。なお、ポピュラー音楽の音楽様式と社会的要素を面白く扱った専門書として、Allan F. Moore, The Beatles: Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band, (Cambridge: Cambridge University Press, 1997がある。これはCamridge Music Handbooksの一冊であるが、シェンカー理論による楽曲分析が含まれている。


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