音楽雑記帳(36)



米国空軍軍楽隊コンサート

2002.5.1.アップロード


米国空軍軍楽隊&シンギング・サージェント・コンサート フロリダ農工大学 リー・ホール公会堂 2002年4月27日(土)午後8時

ワシントンの空軍軍楽隊がタラハシーに来るのを知ったのは、4月14日。教会に置いてあった地元の新聞の広告に演奏会の知らせがあり、無料のチケットを欲しい人はクーポンを返信用封筒とともに送れとあった。〆きりはその週の金曜日、19日だったのだが、18日(木曜日)の午後にクーポンを本局の郵便ポストに入れた。本局からフロリダ農工大までは車で5分以内なので、届くことを願っていたら、20日(土曜日)の午後にはすでにチケットが届いていた。ちなみに私の住居から本局まで、車で10分以内だ。

演奏される場所について不案内だったこともあって、8時開演のところ、40分も早くついてしまったが、すでに多くの客が来ていた。反響板はホルンなどがいるステージの上手側のみにつけられ、中央から左側は後方の出口が見えるというむき出しのステージ。普通は反響板を上手下手両方に使うものだと思っていたが、このコンサートは、それをPAで解決させるということだったのだろうか(マイクがかなりの本数立っていた)?

プログラムは、吹奏楽のコンサートらしく、本当にいろんなジャンルの音楽が乗せられた。10日に来たジャズ・バンドジャズ・バンド「Airmen of Note」(最近見たもの、聴いたもの(50)参照)同様、国歌斉唱から始まるが、その前にもオープニング・ミュージックがあったり(これはまるでラジオのようだ)、国旗が会場から出ていく時にもマーチの一部を演奏したりと、 Airmen of Noteよりもエンタテーメント的な趣きがあった。

早速第1曲目も国旗への忠誠を誓う歌詞を使ったフロイド・ワール作曲の《忠誠の誓い》。私が新津でやっているラジオ番組でも使った曲だが、まさか合唱がマイクを使うとは思わなかった。モーモン・タバナクル合唱団とのCDよりは、ずっと小走りな演奏で、それはどうやら今回の指揮者のやり方のようだ。

ワールによるオープニングのあとは、エロルドの《ザンパ》序曲。かつてNHK-FMで放送された朝8時からのクラシック番組のテーマ曲としても有名だが(ちなみにアンセルメ/スイス・ロマンドの演奏)、もともと弦楽を中心に進む曲ゆえに、木管が大活躍する。特に音階を目まぐるしく上り下がりするフィナーレの部分などに、彼らの恐ろしく揃ったアンサンブルの冴えがでている。チューバ・トロンボーンが若干うるさく感じられたのは、反響板のせいかもしれない。

続いて演奏された、アレン・ヴィズッティ作曲の《旋風》という作品は、デール・アンダーウッドというサキソフォンの名手のために書かれたもの。タイトルからも分かるように、ソロ奏者が駆け抜けるようなスピーディーなソロで聴き手を圧倒するショーピースだ。変拍子も多く入った楽曲のため、伴奏の楽団も、いつ分裂してしまうか、こちらはとても緊張したが、ローウェル・グラハムという指揮者はそれをまるでかまわないかのようにどんどん進めてしまって、それでもなんとか最後まで通っていたという印象だった。たぶん楽譜とにらめっこすれば抜け落ちた音符もずれた箇所もたくさんあったのだろうが、会場は勢いに飲み込まれていたようだ。いや、あんな速度で演奏すると、並のバンドでは作品にさえならないかもしれない。ああ、やっぱりクロード・スミスをやるバンドなのだな、と思うところもあった。

3曲目はスーザの行進曲《キング・コットン》。速めのテンポで、やはり海兵隊ほどのパンチはないにせよ、ずしりとしたアクセントをきかした打楽器、トリオにおけるダイナミクスの変化、そしてそれにのせたユーホニウム対旋律の美しさなど、基本をしっかりおさえている。フロリダ州立大学出身という、シンギング・サージェントのディレクターがこの曲を指揮し、地元出身ということもあって、会場は盛り上がった。

太平洋戦争中に聴かれた女性ヴォーカル・トリオ、アンドリュー・シスターズが歌った曲を空軍所属の3人の歌手とメドレーした後は、コンサート前半を締めくくる大曲。リヒャルト・シュトラウスの交響詩《ドン・ファン》である。近年はリヒャルト・シュトラウスも日本の吹奏楽コンクールで取り上げられていると聞いている。しかし筆者は懐疑的であった。なぜ吹奏楽のために書かれた「オリジナル曲」があるのに、オーケストラ曲を編曲したものをやるのかと。

もちろんその疑問がすべて消えた訳ではないが、ローレンス・オドムによる全曲のアレンジの演奏を聴いた後は「あるいはアレンジものも、それなりに聴かせることが可能なのだろうか」という認識に至った。いま振り返ってみると、例えばギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団による《展覧会の絵》や《トッカータとフーガ》は筆者も嫌いではない。編曲の世界もそれでしっかりとした世界を作っていれば、あるいは聴けるのではないかと思った。もちろんオーボエのソロは素晴らしかったし、ヴァイオリン・ソロをフルートでやったものにしても、卓越した演奏技術に感心こそしたけれど、「これはオリジナルでは」という気持ちにはあまりならなかった。いや、オリジナルのことはもちろん念頭においているのだが、だからといって編曲が二番煎じであるという発想にはなかなかったのだ。もちろん吹奏楽の社会的背景を考えれば、オーケストラが入り込めないコミュニティーでは吹奏楽がクラシックを広めたという歴史もあるので、一概に吹奏楽のアレンジものの是非を責めるのもおかしいのかもしれないが、やはりこれだけオリジナルの管弦楽がCDで聴けるようになったがゆえに、現在の日本では、吹奏楽のオリジナル性が議論されるようになったのかもしれない。

それはともかく、今回の演奏では、やはり反響板が中途半端にセットされていたためか、ホルンやトランペットが聞き取りにくく、トロンボーンとチューバがやたらと大きく聴こえたのだが、あれは誰も文句を言わなかったのだろうか? また、ホルンのソリの部分は、細かくフレーズごとにテンポを揺らしていたが、これは筆者の好みではない。

後半は、70年代のポップスをメドレーに、シンギング・サージェント(軍曹合唱隊といった感じか?)のステージ。ロックやポップの、本当に幅広い楽曲がこの時代にあることが分かる一方、ちょっとした学芸会的芝居(!)もここには入っていて、観客の方は大いに盛り上がった。シンギング・サージェントは、いわゆるベルカントというよりは、ジャズ・ヴォーカルからポピュラーの歌い方であり、前半のワール作品とはまるで違う趣き。またソリストもポピュラーのヴォーカリストとして一流の腕前を持っており、おそらくこのバンドをやめても、一流のスタジオ・アーチストとなれるのではないかと思う。

一通りエンターテイメントが終わった後は、愛国主義的雰囲気に戻る。しかし10日のジャズ・バンドほど湿っぽい展開にならず、《星条旗を永遠なれ》では、ニューイヤーコンサートの《ラデッキー行進曲》風の手拍子合戦が展開され、最後は米軍の各部隊の軍歌をメドレーにしたものが演奏され、従軍した人たちをたたえる内容となる。指揮者によるアンコールの司会は、私にとっては「自由」がちょっと鼻につく内容なのだが、おそらくアメリカ人は日常的にこれくらいのレベルの愛国主義的なエンタテイメントに慣れているのだろう。おそらく日本では体験できない内容である。

無料のコンサートではあったが、そのジャンルの多様さといい、バンドや合唱の技術的な安定度といい、かなり充実の内容であった。一緒にいた友人は「アメリカは吹奏楽の先進国だ」と言っていたが、それも充分に考えられるなと思った。チェロが2つ入っていたのも、編成として面白いと思った。

なお、これだけの実力のある吹奏楽団であるにもかかわらず、聴衆のほとんどはかつて従軍した人たちばかり(若干Airmen of Noteよりは年齢層が下かもしれない)。吹奏楽ファンという人はどうやらいないようだ。日本から考えると、随分もったいない話なのかもしれない。もっともこの日、フロリダ州立大学の方では、タラハシー交響楽団によるラフマニノフのピアノ協奏曲第2番とストラヴィンスキーの《春の祭典》というプログラムがあった。チケットを手にした後でこのコンサートのことを知り、どちらに行くべきか随分迷ったのだが、空軍軍楽隊のコンサートに行って後悔してないことだけは確かだ。(02.4.28、02.4.30.記述、02.5.18.改訂)


こちらは当日のチケット。


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