音楽雑記帳(15)



<平調越殿楽>と序破急(98.4.10.)



今回の音楽雑記帳は、「その7:現代人にアピールする日本音楽史の記述を」の中で提示した筆者の疑問、「序破急」はどこまで拡大して使われる概念なのか、に対する追記です。

まず、ここで問題をもう一度はっきりさせておきましょう。筆者の所属するフロリダ州立大学で「日本の音楽」という授業があり、一度<平調越殿楽>(「越天楽」とも書かれるが、宮内庁では「殿」を用いる)について議論になったことがありました。その時、こちらの先生(アメリカ人)が、舞楽に使われる序破急を管弦の<平調越殿楽>にあてはめようとしたことがありました。音取の部分は除外してです。

<平調越殿楽>の冒頭は龍笛で始まるのですが、そこを「序」、笙や篳篥が入ってくるところが「破」、三部形式で主部が戻り、打楽器のリズムが細かくなるところからが「急」というのがその先生の説明でした。

しかし日本語で書かれた日本音楽・雅楽の本では、序破急は舞楽のセクションとしてのみ説明されており、管弦の一曲の中にそれを当てはめて分析・説明したものは見当たりませんでした。

そこで、日本で雅楽を実際演奏していらっしゃる方や日本音楽を専門にやっていらっしゃる方が、実際はどのように考えられているのか、とても興味がありました。最初は 雅楽ホームページに電子メールを出そうとしたのですが、なぜか「配達不可能」で戻ってきてしまいました。それで、それっきりしばらく何もしなかったのですが、当ホームページをご覧になった関根有賀子さんが、大変御親切に日本音楽御専門の高橋美都先生をご紹介下さり、丁寧なご回答をいただきました。そこで以下にご紹介致します。情報を下さった御両人に、心から感謝を申し上げます。

高橋先生によると、<平調越殿楽>は、早四拍子(はやよひょうし)の小曲で、形式としては、「急」の楽章になるそうです(注1)。ですから、「序」や「破」はまず当てはまらない。そして、そもそも管弦の曲一曲の中に、あるいは舞楽の各楽章の内部に、序・破・急を当てはめるということはしないのだそうです(注2)。ですからフロリダ州立大学の先生がおっしゃった解釈は、日本の雅楽研究の中にはない考え方になります。

しかし、序破急は、雅楽のジャンルの一つである舞楽の楽章構造だけに使われた訳ではなかったそうです。能の大成者世阿弥は序破急を「加速のモデル理念」とし、それがその後の「日本の美意識」に「大きな影響を与」えたからです(注3)。能に関していえば、一日の演目立て(五番立て)、能一番の構造、舞や段落の構成、さらに細かく、「一段落の中の一息の句の中まで」序破急の理念で説明しているのだそうです。ですから、高橋先生は、フロリダ州立大学の先生が雅楽と能の序破急を「合体させて」解釈したのではないか、とお考えになっています。

注(こちらもすべて高橋先生の情報です)

(1)天理大学で雅楽の指導をしておられる佐藤先生は、現行の<平調越殿楽>を急に見立てて、その序と破を創作(補作)し、学生の演奏会で発表されたそうです。

(2)序破急研究として、平野健次著「序破急をめぐって」、『雅楽界』第49号 昭和44年 小野雅楽会発行、121-130ページ、をご推薦いただきました。興味のある方は、ぜひご参考になさってください。

(3)江戸時代の浄瑠璃や歌舞伎の段落構成、筝曲段物の演奏などにも援用されたそうです。



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