ロイ・ハリス(1898〜1979)の音楽


ロイ・ハリスについて
オクラホマの農家の丸太小屋で生まれたとされるハリスは、5歳に母親の病気のためにカリフォルニアに移った。家族で歌を歌ったり、家にあったピアノをたしなむことはあったが、特に幼い頃から音楽家を志していた訳ではなかった(ただし高校時代にピアノとクラリネットを演奏している)。

第一次世界大戦には一兵士として活躍したし、大戦後も大学で経済学などを学んでいた。しかしいよいよ作曲家になる決心を固め、アメリカでアーサー・フェアウェルについて基礎を身につけた後、コープランドの紹介で、パリのナディア・ブーランジェに作曲の教えを乞いにいく。しかしアカデミックな彼女の教授法にはまったく満足せず、ひたすらベートーヴェンの弦楽四重奏を独学する。ただしブーランジェが紹介したバロック以前の音楽には興味をもち、帰国後アメリカの国会図書館において、ルネサンス音楽の楽譜集を研究した。

その後《交響曲1933年》の成功において、ハリスの作品はクーゼヴィツキーの目に止まり、この第3交響曲も彼によって委嘱された。当時ハリスはヤッシャ・ハイフェッツのためにヴァイオリン協奏曲を書いたが、作曲者・演奏者両者とも満足せず、作品は撤回された。そのかわりハリスはその協奏曲からの主題を交響曲に取り入れた。作品初演は大成功に終わり、ハリスの作曲家の地位を決定的なものにした。そしてこの作品以後、1940年代まで、ハリスは最もアメリカ的な作曲家として歓迎されていた。ジャズやいわゆる「商業音楽」を使わないという点でも、シリアスなアメリカ音楽を求めていた聴衆に受け入れられたということもあった。

彼の音楽語法の特徴の一つには、まず長調と短調が絶えず織り混ぜられる長く旋法的な旋律線がある。これはきっちりとした楽想の展開を考えた均整感覚のある旋律ではなく、自由に緩やかに紡ぎ出されていくタイプの旋律である。このようなハリスの旋律の動きはしばしばぎこちなく響くのだが、それは彼の旋律が、長調・短調を容易に混合することができる彼独特の和声法に基づいているからだといわれている。第3交響曲では、その他複調(二つの調の和音を同時に鳴らす)も見られるが、調性は、ある音を繰り返し強調することによって保たれている。

また彼の作風は生涯を通して大きな変化を経ることはなかったが、それはハリスには、人は一生に一つの音楽語法を作り上げるものだ、という信念があったことに由来するようだ。しかしそれがかえってマンネリズムを引き起こしたということも否定できない。

ハリスの音楽観は、幼いころ身近にあった山や谷、汽車といった風景や音に影響されており、白人の民俗音楽の伝統も受け継いでいる。ただしもう一つの民俗音楽の流れであるジャズにはあまり興味を持たず、それは感情的に希薄で限りがあるとしている。

しかしハリスは、そういった自分自信にに常に忠実であった。音楽というものは作曲家の感情を捉え、それを伝えようとすることだと考えており、そのような真摯な態度が、武骨ながらも誠実なアメリカの交響曲を生み出したということは言えるだろう。

ところで筆者がアメリカで感じたハリスの評価は必ずしも肯定的なものではなかった。その理由は、彼個人の気難しい性格が必ずしも多くの人に気に入られてなかったということのようだ。さらにそれが乗じて彼のアメリカらしさというのはハリス自身のうまいプロモートだったと主張する人たちもいる(1930・40年代、彼はいろんなメディアに自己の音楽論を執筆していたためだろう)。しかし若くしてチャンスをものにした作曲家が自己宣伝の機会を逃がさず使うことは、生き残りの手段として自然なことでもあるし、ハリスだけが特別自己アピールに長けていたとか、自己アピールが特別強かったというのも、いささか誇張であるように思う。音楽から得られるものを無視して、いたずらに一作曲家を陥れるのも、問題があるように思うのだが。

参考として、例えばギルバート・チェイスのアメリカ音楽史の本をご覧になるとよい。ハリスの扱い方の大きさに驚かれるのではないだろうか。実は第3版よりも、第2版の方が、さらに扱いが大きいのである。

しかし、彼の作品の録音が多く出ているということは、それだけ聴かれているということを示しているし、作曲家の評価というのは、最終的にはやはり作品によってなされていくだろうとは思う。(02.1.7.執筆、02.9.6.、05.05.06.改訂)




交響曲

交響曲第3番 (1939)
ネーメ・ヤルヴィ指揮デトロイト交響楽団
英Chandos CHAN 9474
ノーカットの演奏ではトスカニーニ以来。ステレオでは初だったと思う。ヤルヴィの他のアメリカ音楽シリーズ同様、快速に飛ばしているが、決して乱雑という訳ではない。同時収録のコープランドの第3とともにアメリカらしい交響曲が味わえるという点で、入門用にはいいだろう(筆者個人は、あまりコープランドの演奏は買っていないのだが)。(01.4.12.?執筆、05.05.06.改訂)
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック 
独Grammophon 419 780-2
バーンスタイン二度目の商業録音。コロンビアに入れた旧録音に比べ、オーケストラの恰幅のよさを充分に生かした響きで聴かせる。「牧歌的」の部分に入る前の部分がかなり遅く演奏されているが、これはおそらく後期の「バーンスタイン節」と取ることができるのかもしれない。ただこれは好みの分かれるところではないかと思う。曲の深遠な部分にどっぷりと浸かっていくと捉えるのならばよいが、ダレていると捉えるのならば、旧録音やヤルヴィ、トスカニーニ盤を選ぶべきだろう。同時収録のウィリアム・シューマンの第3交響曲も2度目の録音だが、こちらはロス・フィルと入れた《アメリカ祝典序曲》同様、シャープで吹っ切れたところが後味もさわやかであり、文句なしの名演奏だと思う。 シューマンのCDとしては推薦盤。(01.4.12.、05.05.06.改訂)
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック(1957年ライブ録音)
New York Philharmonic Special Edition NYP 9902/9903

An American Celebration 第1巻、 CD4」のページを参照。
セルゲイ・クーゼヴィツキ指揮ボストン交響楽団
英Pearl PEA 9492
アルバム『Koussevitzky Conducts American Music』
初演者による演奏。ハリス専門家のダン・ス テーマンによると、SPの録音時間の都合で、カットが入ったとされている。第1交響曲も収録されている。(執筆日不明、2000.12.2.加筆)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団
伊dell'Arte CD DA 9020
トスカニーニ/ハリス 第3交響曲ほか
トスカニーニらしく、きりりと締まった聴き応え充分の演奏。モノラル盤では、唯一ノーカットの録音かもしれない。(執筆日不明。2005.05.06.画像追加)
ウィリアム・ストリックランド指揮ウイーン交響楽団
米Desto DST-6404(LP)
ナクソス・ミュージック・ライブラリー
バーンスタイン盤と同様のカットがなされている。私がハリス作品を初めて聴いたのが、この音源だった。藤原良久さんの司会によりNHKで5日間にわたってゴッチョークからルーニングまでのアメリカ・クラシック音楽の歴史を辿る番組があり、その時に放送されたも。数年後、同じ藤原良久さんの司会で、ガーシュインの特集が組まれた時も、この録音がアメリカ音楽史を飾る作品として紹介された。

それ以来このLPを探した。かつてはお茶の水のアパートの一室にあったレミントンというお店に注文を出したりもした(番号まで覚えていて、店員の方に驚かれた記憶がある)。結局見つけたのは、1991年だったか、神田三省堂で行われたレコードフェアだった。

という訳で、個人的に想い出深い音源である。

さて、カップリングは、ウィリアム・シューマンの《アメリカ祝典序曲》(風呂のなかで桶をひっくり返したような音だ!)とセッションの《ブラック・マスカーズ》。シューマン作品については、これやキンドラー指揮の録音では、面白さが分らないだろうな、と思う。

なお、ナクソス・ミュージック・ライブラリーでは復刻された同音源が聴ける。演奏者名は、アメリカン・レコーディング・ソサエティ響となっているが、Desto音源のオリジナル盤が American Recording Societyというレーベルから出ており、オーケストラの名前も仮面になっていたものと思われる。(01.1.13.執筆、02.9.6.、05.05.06.改訂、2009年1月15日情報追加)。


交響曲 第3番&第4番《民謡交響曲》
マリン・オールソップ指揮コロラド交響楽団、同合唱団
Naxos  8.559227
録音:2005 年1月
ハリスの第3交響曲にはアメリカの大地を感ずる素朴で粗削りなイメージが強い。バーンスタインの演奏で親しんだリスナーには特にそうだろう。しかしオールソップはしっとりした抑揚の中で、ハリス作品で見逃されがちな洗練されたニュアンスを、和声の独特の移り変わりや、それによる細やかな情感の変転に見出す。アメリカ交響曲の最高傑作の一つとされるハリスの3番が、これほどまでに穏やかに響くとは思いもしなかった。単一楽章の民謡メドレーとして書き始められ、合唱付ファンタジーに仕上がった《民謡交響曲》も同様のアプローチ。変拍子によるダンスは生命力につながりこそすれ、野卑になることはない。ハリスは生前から録音に恵まれた作曲家だったが、晩年はその名声が後退したため、10番以降の交響曲は未だに聴く機会がない。今後ナクソスが交響曲全集を作り上げていくのが楽しみだ。なお歌詞(翻訳なし) はナクソスのサイトからダウンロードできる。(2006年7月執筆)

交響曲 第4番《民謡交響曲》
モーリス・アブラヴァネル指揮ユタ交響楽団

米Angel (LP)
アブラヴァネル/ハリス/民謡交響曲 あまり存在は知られていないようだが、70 年代に録音していたアブラ ヴァネルのLP。録音がややこもりがちなのが残念ではある。(執筆日不明)


ピ アノ三重奏曲
ニュー・イングランド・トリオ
香港HNH 4070(LP)
これは正直いって、あまり楽しめなかった。 ハリス固有の長短入り乱れる 展開でもないし、大きなドラマも感じとれなかった。他の演奏を聴いて判断すべきだとは思うが、とりあえず、一聴した限り、良い印象は持てなかった。ライ ナーは同時収録のアイブズによる三重奏のことばかり書いてあるが、ハリスの方は、作風外観と各楽章の流れを細かく追って記述しただけのもの (2000.4.23.執筆、05.05.06.改訂)




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