ジョージ・ガーシュイン:ラプソディー・イン・ブルー:解説

なかちのホームページの、「楽曲解説」のページから、一時的に転載。


ラプソディ・イン・ブルー

ガーシュウィンは、ニューヨークの下町、マンハッタンを川向こうにひかえたブルッ クリン街に貧しいユダヤ系のロシア移民の子供として生まれたが、たまたま小学校時 代に親しくしていたヴァイオリンを弾く友人の影響を受けて以来、音楽に並々ならぬ 興味を抱くようになり、また同じ街に住む名もなき音楽教師に過ぎなかったが、ガー シュウィンにとっては非常に良き師であったハンビッツァーを得て、ガーシュウィン の才能は徐々に引き出されることになった。

同時に、エドワード・キレニーに付いて和声学をも学ぶようになったが、彼の育った 環境と感覚、そして17歳の時に高校を中退してピアニストとしてあるポピュラー・ ミュージックの出版社に勤め始めたことが、彼の音楽的な方向を決定付けた。

少しずつ手がけ始めたジャズ・ソングの作品が、世に発表され、出版されるようにな ったころ、初めて手がけたミュージカル・コメディ“La,La,Lucile”が大ヒット(1 919年)、同年また、アル・ジョンソンによってうたわれた“スワニー”の大成功 によってガーシュウィンのポピュラー・ミュージックの作曲家としての土台をしっか りと築き上げたのである。

その後、ブロードウェイの各劇場のショー・ミュージックを書いていたが、通俗的な 感覚を持ちながら、常に独創的な、充実した音を求め、魅力的な力を持つ歌を数多く 作曲していた若い彼の態度と才能とに目を付けていた当時のアメリカジャズ界の第一 人者、ポール・ホワイトマンは、ガーシュウィンに、シンフォニック・ジャズの作曲 をしてみるように、熱心に促した。

そのころホワイトマンは、かねがね考えていたシンフォニック・ジャズの為の初めて のコンサートを実現させようと企画しており、それに間に合うように、ガーシュウィ ンも作曲を引き受けたわけであるが、彼はここで初めて規模の大きい曲を手がけるこ とへの戸惑いを覚えた。しかし、そのためらいもよそに、持ち前の筆に任せて一気に 書き上げたのがこの「ラプソディ・イン・ブルー」なのである。

ガーシュウィンは、初め、ピアノとジャズ・バンドの為に書いたのだが、そのスコア を受け取ったホワイトマンは、ピアニストとしてまず出発したガーシュウィンが、ま だオーケストレーションや楽器の扱い方に全く不慣れで、熟達していないことを見て 取って、結局、ホワイトマンの楽団のアレンジャーをしていたグロフェ(Ferde Grofe)が編曲することになったのである。

かくして、この曲の初演は、一九二四年二月十四日、ニューヨークのエオリアン・ホ ールで作曲者のピアノと、ホワイトマンの指揮と、その楽団によって行われたのであ るが、これを聴いたアメリカの音楽会の各方向の巨匠が絶賛を送り、圧倒的な成功を 収めたのである。

ガーシュウィンはこの「ラプソディ・イン・ブルー」によって、ポピュラーミュージ ックのジャンルのみならず、アメリカの音楽界にとって重要な存在として認められる ようになった。

言うまでもなくガーシュウィンにとってこの曲は、ポピュラー・ミュージックから一 段と飛躍することになった彼自身の音楽生活から見て画期的な作品となったのである が、そればかりでなく、アメリカ音楽の、そして広く現代音楽全体を通じてみて、非 常に注目すべきものであることも、確かである。

この曲がこの時かくも世に受け、そしてその後も、オーケストラのレパートリーに好 んで数え上げられるようにさせたのは、実にガーシュウィンの湧き出る豊かなインス ピレーションが聴くものをその中に引き込む力を持っていることが第1、そして第2 にはその反面持っている全体的な構成の弱さの点が、グロフェの優れた編曲の効果に よって立派に補われていることである。

楽曲解説

この曲は、流れるように一気に書き下ろされたタイプのもので、実際、全曲休みなく 演奏されるが、全体的には大体三部に分けることができる。見方によっては、古典的 な協奏曲の形に近いとも考えられる。

まず、クラリネットのソロが、低いトリルから一気に上行するグリッサンドに始まる この旋律は、物悲しい響きを持っており、不意を付かれる思いがする。このクラリネ ットのソロは、当時ホワイトマンのバンドにいたロス・ゴーマンの協力を得て、クラ リネットの新しい技術を展開させたという。

この主題は、リズミックな副主題を従えて、もう一回繰り返されるが、今度はクラリ ネットのグリッサンドからトランペットが次の旋律を引き継ぐ。全楽器が一斉にこの 2つのテーマの発展と見られるフレーズを鳴り響かせ、ピアノ独奏部が密やかに始め られる。このカデンツァ的な部分で、先に掲示されたテーマが十分に変形され、発展 する。

独奏部に挿入されるオーケストラの部分で、新しいモティーフが用意される。ピアノ とオーケストラが既出のテーマやモティーフによってあやを成すように進む。

2回目のピアノのカデンツァが華やかに演奏された後、叙情的な第2の部分に入って いく。物憂いホルンの旋律が現われ,オーボエとヴァイオリンがその応答的な寂しげ なメロディを従えながらクライマックスへと導き、それが急に静まると、ピアノのカ デンツァ部に入る。

最後の部分はアレグロ・アジタート・ミステリオーソ、第2の部分の主題の後半が再 び現われ,最初の部分のテーマも次々に顔をだし、終わりに近づくにつれ興奮を高め るような音響、そして活気に溢れたコーダの部分に移る。

これは冒頭のテーマとその次の部分のフレーズが力強く、盛りあがりの頂点を十分に 作ってこの曲を閉じる。

この曲は、構築的でなく、むしろ後から後から出て来る新しい動機や、楽想が、どう いう風に言い換えられて進んでいくか、その流れに身を任せながら聴く者のうちに潜 むリズムの躍動との共感、そしてダイナミックな音響の効果を楽しむことができれ ば、ガーシュウィンの意図をそのまま受け入れることになるのであろう。


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