メモ帳26

一時帰国日記:東京、京都(1)


今回は一時帰国していた際につけていた日記の中から、一部をお送りします。
1999.6.23.(水曜日)

東京。上野→お茶の水→神田神保町の地下鉄車内。某学習塾(?)中吊広告に載っている高校入試問題を見る。

次のア〜オをそれぞれ外来語に直し、その頭文字を順につなぐことによってことばができます。そのことばの意味を漢字二字で答えなさい。

ア 避暑地。保養地。
イ 支持者。応援者。
ウ 催し物。
エ 最も緊張し、盛り上がった場面。
オ 元になるもの。起源。

う〜ん、なんだろうな〜、といろいろ考えながら、とりあえず。

ア リゾート。
イ サポーター。
ウ イベント。
エ クライマックス。
オ ルーツ。

と答えれば、とりあえず、「リサイクル」という言葉がでてくるから、正解の「再生」が導き出されるということらしい(たぶん)。

しかし、オに関しては、ルーツではなくオリジンという言葉もあるので、どうしても「リサイクオ」になってしまう。どうしても「リサイクル」にしたいので、「ル」で始まる言葉を探すということをやらなければならなかった。アにしても、「リゾート」なんて、実際にアメリカでそういう風にいうかな、なんて思ったりもする。ちょっとフォーマルすぎないかなぁ?

いずれにせよ、私の感想は、こんなアホくさい問題だして、何試すの? だった。 外来語でしか表現できない言葉もあるが、何から何までカタカナにするのは、私は反対だ。世代間の対話にも支障がでるというものだし。なぜ、カタカナ言葉の知識がテストに出てくるのか、分からない。こういうのを知っている人間の方が、より「進歩的」ということなのだろうか? どうもそれは植民地的発想に見えてしまうのだが、どうだろうか。しかも、上の例で出てくる言葉は、すべて英語であり、「アルバイト」や「リュックサック」といったドイツ語系のものはない。発想が英語圏偏重になってみえてしまう。

B5版の「キャンパス・ノート」をお茶の水丸善で購入。ああいいなぁ、日本のノート。この大きさがとてもハンディーなのだ。アメリカのノートはでかすぎる。

夕方、吉祥寺。妹と朝鮮料理を食べる。日本で「朝鮮料理」というと焼肉が思い浮かぶが、アメリカのコリアン・レストランではみないメニューだ。ブルコギというのはあるが、コックさんが料理して持ってきてくれるもので、ステーキの感覚に近い。カルビ、タン塩、とても好きなのだが、こういうのは、本物の朝鮮料理なのだろうか?


1999.6.25.(金)

NHK教育、朝9時半〜9時45分、「トゥトゥ アンサンブル」を見る。昔の「ふえはうたう」だと、大の音大出身者(の男性)がわざと笛を下手くそに吹くというのがあったが、この番組では、子供達が吹いていた。これは押し付け感がなく、自然だと思った。この回では「はじく楽器」がテーマになっており、テッシュに輪ゴムを張って原理を説明し、ギターやハープなど、子供達に実際にさわらせている場面があった。日本の箏も紹介。クラシック中心であることにはかわりないが、幅広い音楽に関心が持てるように工夫されていると思った。

TBSが高校の吹奏楽部を舞台にしたドラマをやっていたらしい。CMで見た。前々からこういう企画をやったらいいんじゃないかな、どういう展開になるかな(展開なんてあるのかな)、なんて考えていたのでとても興味を持ったが、もう最終回なのだそうである。スポーツの根性モノみたいに簡単に勝負が分かるわけでもないから、どうなったんだろう、と思う。これで吹奏楽も人気が伸びたのだろうか???

日本のコンピュータのCMを見ていると、インターネットというのは、結局「流行っているからやっている」という印象を与える。一体どういう情報が提供されるのか、学ぶために使われる可能性はあるのか、など、そういった味わいは全くないといった感じだ。僕はああいうCMばかりみせられると、たぶんインターネットなんてやる気は起らないだろうな、と思う。


1999.6.28(月)

朝8時30分頃。JR新宿駅。このサラリーマンの数はなんだろう。こんなにも多くの人が新宿周辺で働いているのかと思うと、ぞっとする。

僕みたい田舎の人間にとって「東京」とは、東京都のみではなく、首都圏全体を指す。東京に住む人間からは、埼玉はや千葉や神奈川は東京でないとか、23区以外は東京都内でも、違った目で見る人もいるのではないだろうか。

しかし、田舎人の見方もある程度当たっているのではないかと思うことがある。だってこれだけ東京以外の場所から働き手がやってくるのだから。居住地こそ東京都外でも、労働基盤は東京都なのだ。千葉に住む人が千葉で働いていれば、新宿はこんなに混雑しないのでは???

僕から見たら、埼玉、千葉、神奈川は、何となく東京に吸収されているようにも見えてしまう。これも膨張した都市の実態ということなのだろうか。

東京→京都。ひかり121。旅館京花。一泊4200円。上野の5000円の宿はサバイバルだったが、こちらはそれほど悪くない。テレビがコイン式というのは、今どき珍しい(関西では普通?)。ま、京都観光でテレビもいるまい。東本願寺が近いせいか、まわりに仏具店が多い!

それよりも心配なのは、アメリカのガキ、いや子供達たちが集団で泊まっていること。ヤツらは騒がしそうだ。

それにしても、京都駅はかっこいい。これは東京駅を完全に抜いている(?)。新しいということもあるのだが、デザインがうまいのだろう。あとで聞いたら、これは公募だったらしい。外からみると、建物のてっぺんの部分、寒天が積み重なったようになっているオブジェクトはなかなか妙ではある。


1999.7.1.(木)

京都出身の友人とともに、金閣寺と龍安寺を歩く。正直いって金閣は、まわりの景観とあまりうまく調和していないように見えてしまった。確かにインパクトは大きいし、美しいことは確かなのだが、しっとりとした寺院の雰囲気の中に突然光る金閣というのは、不思議な存在だ。周辺には小さな池もあり、散策もしたが、あまり魅力を感じなかったというのが、正直な感想だ。

龍安寺までは、立命館大学を経由して徒歩15分。有名な石庭に夢中になる。全部で15個ある石のうち、どこから見ても14しか見えないということで、一生懸命数える人(特に白人の方々)が多々。でも、本当は、なぜ全部見えないのか、そこにどんな意味を見い出すのかが大切なんだろうな、と思った。

それにしても、石庭を取り囲む壁も、その独特の色合いが見事である。本当は曇りの日がいい、と横にいたタクシーの運ちゃんらしきが客に解説していたが、こと壁のいろに関しては、その色がはっきり見えて良かったと思う。

龍安寺では、文字通り、時の流れを忘れてしまった。

夜。京都駅。伊勢丹のエスカレーターを上る。エスカレーターは8階くらいまで、ずっと一方向に延ばされた感じで連なっていく。つまり階ごとに折り返すことがないのだ。屋根はなく、エスカレーターの左はローマの野外劇場の一部を見るような石の階段。店はエスカレーターと石階段の左右にある。土地の使い方としてはもったいないという気もするが、デザインはピカ一。カップルも多く、京都の新しい観光の名所といったところだろうか。


1999.7.2.(金)

午前中は銀閣寺へ。金閣寺は寺というより庭園のように感じられたが、こちらはより質素で、宗教的な味わいは深い。銀閣(といっても、銀には塗っていない)は禅寺的な白砂のオブジェと美しく調和するのが、とても感慨深い。後方にある散策道は、緑が豊かで、やや高いところから見る銀閣寺の全景は、息を飲む美しさである。自然と共に生きる寺、という印象である。修学旅行生が若干多かったのが、ちょっと気になった。

その後は、哲学の道を歩いてみた。しかし、アパートなど、まわりの近代的な建物に惑わされて、どうも考えを巡らすという感じにはならない。しかし道の途中で偶然みつけた法然院(1680年建立)には圧倒された。特に、そこにある小さい池と周囲の景観が見事であり、静かななかに息づく敬虔さを感じた。また、観光地化していないといところが大変よい。もちろん拝観料もなし。


1999.7.3.(土)

今日は、一緒に学会に参加したオルセン博士と11時に観光旅行開始。しかし朝起きるのが遅かったので、まずはブランチとなる。京都駅地下商店街Portaで、お好み焼屋をみつけ、自分が食べたいと思っていたので、無理やり(?)勧めて、一緒に入ることに。オルセン博士は北海風モダン焼、ご婦人と私は海老いりモダン焼(モダン焼というのは、ヤキソバが入っているということらしい)。

無論、オルセン夫妻はお好み焼など食べるのは、生まれて初めて。どういう反応が出るか心配したが、オルセン夫人は「うれしい驚き」と一言。オルセン博士自身も、マヨネーズと青のりをどっちゃりかけて食べる食べる。彼はさらに七味唐辛子までかける。量が多いので残すのではないかと思ったのだが、さすがアメリカ人。ぜんぶたいらげた。

結果的にはとてもご満足の様子。700円から800円という値段も「リーズナブル」とのこと。西洋風の味もあってか、気に入ったようだ。

ところで、青のりというのは、緑色をしているのに、どうして「青」のりなのか、という質問があった。う〜んどうしてだろう。「青信号」ってのも、緑の時があるし。そういえばアメリカでは"green light"って言っているような気がする。 (以上、アップロード1999.9.4.)



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