現在クラシックは芸術音楽として名が通っている。しかし現実はポピュラー音楽とちっとも変わらない商業主義にまみれたものになっているのだ、ということを歴史的に追跡した刺激的な本。西洋音楽の商業主義は、音楽が教会や宮廷から離れ、相当の対価を支払ってチケットさえ買えば誰でも音楽を享受できるようになってから始まったといえる。オペラの場合にはそれが乗じて、聴衆が肝心の音楽作品よりもお目当てのスター歌手を一目みたいがためにコンサートホールを訪れるようにもなった(パガニーニやリストもよく似た例かもしれない)。作曲家の方も、優れた芸術作品を書くというよりは、いかにスター歌手(あるいは自分)が引き立つかを考えて作曲するようになる。
20世紀になってからは、クラシック音楽の根幹である生演奏のコンサートさえもがレコード・CDやラジオ・テレビにどんどん浸食されるようになった。そこでもスターの登場はかかせない要素になっている。本書第一章で述べられている『三大テノールコンサート』のテレビ放送とCD・ビデオの売り上げなどは分かりやすい実例である。音楽的にはいわゆるクラシックのつまみ食いにしか過ぎないこのコンサートは、ワールド・カップ・サッカー開催年に催される。それは多人数の観客に向けて開かれ、開催者は高額のギャラをスター歌手達に払う。しかしそのギャラも、高額なチケットやテレビの放映権・CD制作権などによってすべて賄うことができる。テレビやCDも物凄い人気で、商売としては大成功になる。
そのような形態でクラシック音楽産業がうまくいけば、本当にクラシック音楽を芸術活動としているめだたない人達は、商業主義にかなわぬ「はみだしもの」になってしまう。いや、三大テノールの「名曲メドレー」に人が集まるようになれば、そもそも伝統的なコンサートさえ意味が薄れてしまうのかもしれない。
クラシックは必ずしも「売れるものがいい」という訳ではないのだが、残念なことに、これまで大資本を持ったメジャー・レーベルは、大量のマエストロや高名演奏家を次々と送りだしてこなければならなかった。その過程で演奏家の要求する報酬もうなぎのぼり。売れるものにはそれだけの対価が要求されるという訳だ。
しかし、それもそろそろ限界に達しようとしている。全世界にアピールする大音楽家の存在がなくなりつつあるからだ。事実、すでに「高名演奏家」主義に見切りをつけ、レコード産業界を揺るがしている事例も数多くこの本には紹介されている。特に無名演奏家に力を注いできたナクソス社の驚くべき躍進と、小さい会社ながら驚くべきクオリティーのCDを作り上げてきたハイペリオン社の近年の例はこれからのクラシック音楽の「売り方」の方向性を打ち出すものとして、興味深い。この二社に共通しているのは、芸術音楽を心から愛する演奏家を正当な報酬のみで採用することと、最初から大きなマーケットを狙わないことだろうか。
しかし、商業主義に乗じているのは、高い報酬を要求する高名音楽家だけではなかった。多額の資金を持つ大企業が、「芸術音楽」の世界にもぐり込んでくることもある。その例が第4章で暴露される、日本の企業S社の重鎮O氏の縦横無尽さである。大金を支払うことによって、ニューヨークやタングルウッドで一流指揮者のように振る舞う彼だが、それに仕方無く応じるオーケストラ、招待客のみによる聴衆、冷ややかな批評家達らの記述を読むにつけ、バブル期に見られた日本企業の「芸術支援活動」を思い出した。誠に耳が痛い。
著者はロンドンの『デイリー・テレグラフ』誌のコラムニストだそうだが、業界の裏情報をこれほど事細かに集めているのには驚愕するばかりだ。ショッキングな内容もたくさんあるし、眉唾ものの情報もあるが、本書に書かれていることがクラシック音楽の現実の一端であることは、やはり認めなければならないだろう。これからクラシック音楽を楽しみたいという人には勧めたくない本ではあるが(演奏家に関する知識も必要であるし)、普段何気なく接しているクラシック音楽が、実際どのように作られているのかに興味のある愛好家諸氏は楽しく読まれると思う。
ピアニストなら、ぜひ手許に置いておきたいピアノ作品のリスト。単に誰がどういった作品を作っているのか、演奏技術の難易度はどうかといった基本的情報はともかく、同じ曲で複数の版がある場合は、それぞれの版の編集者(校訂者)や出版社の詳細についても書かれている。多くの作品が一冊に収められている作品集の楽譜の場合は、収録されている作品内容や、ある作品集の特色(特定の作品集でしか手に入らない曲がある云々)などの情報が漏れなく記されている。
さらに、例えばショパンのノクターンのような作品の場合には、一曲一曲の調性と簡潔な作品紹介(一行から数行)が添えられており、演奏家がアンコールなどにこういった曲を選ぶときにも大変参考になるし、有名な作品の場合は文章による短い楽曲分析があり(譜例はなし)、参考文献も挙げられている。これはちょっとしたピアノ音楽辞典だ。
収録されている作品も幅広い時代と国籍をカバーしており(ただしヨーロッパ・アメリカ中心。アジアは日本と中国くらいか? 収録されている1800人あまりの作曲家の出身地も明記されている)、こんな作品が本当に存在するのか、と思うものもあった。
ともかく、演奏家に限らず、ピアノ音楽に興味のある人は、一度この本を開いてみることをお勧めする。850ページあまりで厚めだが、これだけ豊富な情報があるのだから、決して損をした感じはしない。
パラパラとページをめくるだけでワクワクしてくるような本というのはそれほどないと思うのだが、これはそういった好奇心を起こしてくれる稀な本の一つ。いわゆる楽器辞典というものは世の中に数多くでており、記述の学問的精密さを争うものはいくらでもあるのに対して、音楽に興味を持ち始めた人が世界のいろんな楽器に即座に引き付けられてしまうような楽器図鑑は少ないと思う。
ほぼA4版の大きさで300ページあまりのこの本は全篇楽器の図像であふれており(写真は少なく、ほとんどは驚くほど精密な線画)、文字による解説は極めて簡潔だ。しかしその記述は的確だし、扱われている楽器の多彩さ、数の多さは驚くべきものがある。表紙の写真からみると、本書は西洋の楽器しか扱ってないように思われてしまうのだが、実際はアジアやアフリカの楽器も豊富に含まれており、歴史的にも原始時代から現代まで網羅的である(歴史の時代別に楽器を紹介したページもある)。楽器図鑑というと、本当に限られた数のありふれた楽器ばかりを羅列したものもあり、それらは初心者にはいいかもしれないが、すぐに飽きてしまう恐れがある。しかし、この本はある程度西洋音楽や民族音楽を知っている人にも充分楽しめる内容である。
学問的に楽器を研究したい人はもっと文章による記述が必要かもしれない。しかし世界の多様な音楽文化に興味のある人には安心して勧められる本である。値段が手ごろなのもいい(22ドル)。