Mr. Tの現代アメリカ音楽講座



12
1999年11月23日



これは新潟県新津市にあるFM新津の番組「ドクターヨコサカのくらくらクラシック」において、12月末に放送されたアメリカ音楽紹介の原稿です。


皆さんこんにちは。フロリダ州立大学院の谷口です。

年末を迎えて、皆さん大変お忙しいことと思いますが、今回は、2000年を前にして、ここ10年間に書かれたアメリカ音楽をお送りすることにしましょう。

最近の音楽の傾向をクラシックに限って概観してみますと、作曲家が今日的社会の中でどのような役割を占めるのかが、ますます問われるようになってきていると思います。二十年ほど前でしたら、今年の9月にお送りしたような実験音楽、あるいはヨーロッパ流の前衛音楽を書かない人間は作曲家ではない、という雰囲気が濃厚でした。政治的・ドグマ的な圧力がそこにはあったと思うのですが、一般受けする音楽を書くことさえ、邪道とさえみなされる風潮もありました。その結果として、クラシックの聴衆がコンサート会場で、プログラムに現代の作曲家の作品があると、とたんに嫌〜な気持ちになってしまうということも、現実問題としてはありました。

最近は、どんな音楽を書いても聴く人はいますし、作曲家の方も、こういう音楽を書かなければいけない、といった圧力はほとんどなくなってきたといっていいでしょう。もちろん、そうなってくると、作曲家自身がどういう考えを持って、どういう響きの音楽を書くのかが、ますます重要になってくる訳で、曲を書く方の力量が問われてくるのは、過去も現在も変わらないということになると思います。

さて、ここ10年、1989年辺りからの音楽を考えてみますと、一つの傾向として、聴き手にアピールするもの、耳に入りやすいものが、一つの流行になっていると思います。

そんな作曲家の中から今日はまず、1957年に中国に生まれ、1986年にアメリカに移住してからはニューヨークを中心に活躍する作曲家、タン・ドゥンをご紹介しましょう。

タン・ドゥンは、中国出身という身の上をうまく生かし、伝統音楽の要素を西洋の中に取り入れ、エキゾチックな音楽に興味のあるアメリカ人を引き付けています。そんな中でも、現代的なテーマに基づいた交響曲1997<天・地・人>は、批評家にも、随分評判が良かったようです。この交響曲は、実はイギリスの支配下にあった香港が、中国に返還される歴史的な出来事を題材にした、いわば祝典的な要素の強い作品で、自分のうまれた文化のルーツに関心がある作曲者なれらではの、共感に満ちた作品です。

今日は、時間の都合で、13の短い楽章からなるこの交響曲の初めの方を、少しだけお送りします。曲はビァンゾン(編鐘、へんしょう)という、起源前433年以来土に埋っていたという中国古代の鐘の響きに始まります。引き続き、児童合唱による「平和の歌」。この子供の合唱は、香港の未来を象徴しているのだそうです。歌詞のおおまかな意味をご紹介しますと、

美しいジャズミンの花よ
その枝は白く良い香りの芽であふれている
その美しさを愛せない者はいない
私はそのいくつかを摘んで
愛する人に捧げよう
ジャズミンの花よ、ああジャズミンの花よ

この「平和の歌」に続きまして 「不死鳥」「祝祭」と、短い楽章を2つ、続けてお聴きいただきます。いずれも、現代の多くの人たちにアピールするような親しみやすさと、「世界音楽」という東西の音楽文化を分け隔てなく取り込む最近の音楽の傾向が、良く現われている作品だと思います。

それでは、タン・ドゥン作曲、交響曲1997<天・地・人>から、「平和の歌」、「不死鳥」、「祝祭」、以上を作曲者タン・ドゥン指揮、葉氏児童合唱団、香港管弦楽団の演奏でお聴きいただきましょう。

交響曲1997<天・地・人>から、「平和の歌」、「不死鳥」、「祝祭」/タン・ドゥン作曲/演奏=タン・ドゥン指揮、葉氏児童合唱団、香港管弦楽団/使用CD=Sony Classical SK 63368/演奏時間=4分01秒、1分35秒、3分11秒

次は、1960年、フィラデルフィア生まれのアーロン・ジェイ・カーニスの作品をお送りします。イエール大学でミニマル音楽の作曲家、ジョン・アダムスらに作曲を教わったカーニスですが、昨年発表された弦楽四重奏第二番<ムジカ・インストゥルメンタリス>がピューリッツァー賞を受賞して、一躍脚光を浴びました。その作風は、過去と現在を自由自在に織り混ぜているといった感じです。これからお聴きいただきます、ヴァイオリンのための<エアー>という曲でも分かるのですが、瞑想的で美しい、ロマンティックな響きが続いたかと思うと、次第により現代的で、やや不協和な響きになり、また透明な響きが戻ってきたりと、一つの音楽の鳴らせ方にこだわらない、折衷主義的な傾向が見られます。評論家によっては、カーニスのような音楽を「新調性音楽主義」などともいったりするようですが、こういう傾向の作曲家は、最近増えつつあるようです。やはり、音楽への接しやすさというのがアピールするのかもしれません。

では、さっそくですが、アーロン・ジェイ・カーニスによります、ヴァイオリンのための<エアー>を、ジョシュア・ベルのヴァイオリン、デヴィッド・ジンマン指揮ミネソタ交響楽団の演奏で、どうぞ。

ヴァイオリンのための<エアー>/アーロン・ジェイ・カーニス作曲/ジョシュア・ベル(ヴァイオリン)/デヴィッド・ジンマン指揮ミネソタ交響楽団/使用CD=Argo 289 460 226-2/演奏時間=11分38秒

最後は、マイケル・ケーメンのサキソフォン協奏曲をお送りします。マイケル・ケーメンという名前を聞いてピンときた方は、なかなかの映画ファンということでしょうか。実はケーメンは、ハリウッド映画『ダイ・ハード』三部作でもお馴染みの、映画音楽の作曲家なのです。ケーメンは、ジュリアード音楽院で正式な音楽教育を受けておりますが、在学中にロックバンドを結成したり、ポピュラー音楽への関心は強かったようです。協奏曲は2曲書いているのですが、どちらもポピュラー音楽のソリストとクラシックのオーケストラ伴奏のために書かれています。一つはエリック・クランプトンのために書いた、エレキ・ギターの協奏曲で、CDは、日本のロック・アーチスト、Hotei Tomoyasuさんの演奏したのが、日本では発売されたそうです。残念ながら、そのCDはアメリカでは手に入らないので、今日は1990年にリリースされたサキソフォン協奏曲をお送りします。この曲もジャズ・フュージョンのミュージシャン、デヴィッド・サンボーンのために書かれました。クラシック界で聴かれる透明で柔らかなサキソフォンとは違って、ちょっとワイルドな音のするサンボーンのサキソフォンも、この曲の魅力の一つかと思います。

実はマイケル・ケーメン、新年の1月13日に、西暦2000年を祝った交響曲を発表することになっておりまして、ワシントンDCにあります、ナショナル交響楽団が演奏することになっています。指揮も、あのレナード・スラトキン指揮が担当することになっておりまして、ますますクラシックの聴きてにも、ケーメンの音楽が知られるようになるのかもしれません。まさしく時代の人、といったところでしょうか。

それでは、マイケル・ケーメン作曲、サキソフォン協奏曲(サンボーンのための協奏曲)から第2楽章と第3楽章をお聴きいただきましょう。作曲者マイケル・ケーメン指揮ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団です。

サキソフォン協奏曲(サンボーンのための協奏曲)から第2楽章、第3楽章/マイケル・ケーメン作曲/デヴィッド・サンボーン(アルト・サキソフォン)、マイケル・ケーメン指揮ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団/使用CD=Warner Bros 9 261557-2/演奏時間=7分06秒、5分48秒(以上、99.12.30.アップロード)


アメリカ音楽講座の目次に戻る
メインのページに戻る