Mr. Tの現代アメリカ音楽講座



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1999年12月1日アップロード



これは新潟県新津市にあるFM新津の番組「ドクターヨコサカのくらくらクラシック」において、11月末に放送されたアメリカ音楽紹介の原稿です。


皆さんこんにちは。フロリダ州立大学の谷口です。

今日の現代アメリカ音楽講座は、今年1月にお送りして好評だった、保守的なアメリカ人作曲家の特集、その第2弾です。

近代国家としてのアメリカはヨーロッパからの移民が多数民族となってできました。文化的にも、ヨーロッパのものが自然と輸入され、吸収されてきた訳です。しかし、イギリスからの独立戦争をきっかけに、アメリカ人たちは、自分達の文化が大陸とは違った存在であることを少しずつ自覚し始めました。そこで彼等は、何かしら自分達独自のものを探し始めます。

もちろん、音楽に関しても、アメリカ独自のものを表現したいという気風は日増に高くなりました。南北戦争中には、数え切れないくらいの歌がつくられ、いわゆるアメリカ民謡を作り上げる土台は出来つつあったといえましょう。しかし、ことクラシック音楽について考えますと、19世紀後半になっても、やはり本場ヨーロッパのモデルを使うことが「良い音楽」を作ることになると、固く信じている人も多くいましたし、歴史の短いアメリカで、本当に独自の文化が音となって表現されるには、もう少し時間が必要でした。

しかし、その一方で、アメリカらしくないからといって19世紀アメリカ音楽を切り捨ててしまうのはもったいないと思います。幸いにも最近は、音楽学者がそういった19世紀後半から20世紀初頭のアメリカ音楽にも注目し始め、一般にも脚光を浴びつつあります。

今回の現代アメリカ音楽講座では、そういったヨーロッパ的なアメリカ音楽から、独特の郷愁やノスタルジックさを感じる作品をお届けしたいと思います。

最初は、一月にも御紹介した、ホレーショ・パーカーです。ドイツで音楽教育を受け、帰国してからはイエール大学へ。かのチャールズ・アイヴズの先生としても知られているパーカーですが、19世紀音楽の主流であるドイツ音楽だけではなく、もっと幅広い音の鳴らせ方も習得していたようです。これからお送りしますのは、パーカーが1899年に作曲した<北方のバラード>というオーケストラ曲です。この題名の「北方」という言葉がどこを指しているのかは、じつは分からないのですが、イエール大学のあるコネチカット州や、アメリカの北部を漠然とさしているのかもしれません。パーカーは巧みな管弦楽法を使って、寒い北の風情(ふぜい)を表現しておりまして、ドイツ的というよりは北欧的、シベリウスさえ思い起こさせるような音楽といえるかもしれません。

それでは、ジュリアス・ヘギー指揮アルバニー交響楽団の演奏で、ホレーショ・パーカー作曲の北方のバラードをどうぞ。

[ここで音源] 北方のバラード/ホレーショ・パーカー作曲/演奏=ジュリアス・ヘギー指揮アルバニー交響楽団/使用CD=New World NW-339-2/演奏時間=13分22秒

次は、今世紀最初に活躍した、女流作曲家、エイミー・ビーチです。ビーチは初め、ピアニストとしての才能を発揮しまして、プロの演奏家になることも考えていました。しかし、時あたかも19世紀末、女性がプロの音楽家を職業として選ぶということは、残念ながら世間的に難しい時代でした。そこでビーチは、作曲家に転向します。

結果としてはこれが良い方向に実を結びまして、ビーチは、アメリカの作曲界で重要な存在となります。1925年にルイース・エルソンという人の書いた『アメリカ音楽の歴史』という本をひもといてみますと、エイミー・ビーチ紹介の箇所は、こんな風に始まります。

「女性が大作曲家になることなどあるのだろうか? 女性のベートーヴェンやモーツァルトが生まれることなどあるのだろうか?」 

まぁ、まだ機会均等などという考えもそれほどなかった時代ですから、こういう記述も仕方ないと思うのですが、しばらく読み進めてみると、こういう記述もあります。

「我々はここに宣言することにしよう。不充分な教育と偏見こそが、女流作曲家が男性の作曲家と競争するのを妨げているのだ。(ヨーロッパと違って)このような偏見がないアメリカ合衆国では、女性の作曲家が他の作曲家と同じ土俵で張り合うことができるのだ」

ま、1925年ですから、こういう発言も眉唾ものという感じがするのですが、それにしても、ビーチがアメリカ音楽界に与えた影響が、いかに大きかったかということが、こういう記述から分かると言えましょう。

さて、このエイミー・ビーチ、交響曲など、オーケストラのための作品も残すほどの腕前がありましたが、特にピアノや室内楽作品に、情感をたっぷり盛り込んだ作品を書いています。今日は、ヴァイオリンとピアノのための、<ロマンス>という曲をお届けしましょう。演奏は、エレーン・スコーディンのヴァイオリン、キンバリー・シュミットのピアノ伴奏です。

[ここで音源] ロマンス/エイミー・ビーチ作曲/エレーン・スコーディン(ヴァイオリン)、キンバリー・シュミット(ピアノ)/使用CD=Koch International 3-7240-2 H1/演奏時間=6分17秒

今日最後は、ジョージ・ブリストウという人の交響曲をお送りしましょう。19世紀アメリカを代表するブリストウは、初め、ニューヨーク・フィルハーモニー協会というオーケストラでヴァイオリンを弾いていました。これは現在、ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団と言われているオーケストラの昔の名称です。しかし、ブリストゥは、当時、このニューヨーク・フィルの現状について、大変悲観的でした。といいますのも、ニューヨーク・フィルはアメリカのオーケストラにも関わらず、ヨーロッパの作品ばかり取り上げていたからです。ブリストウは「このオーケストラは、組織的にアメリカの作曲家の僕滅を狙っている」とまで発言したことがあったのです。

そのようなナショナリスティックな発言をしたブリストウですが、彼の作った音楽には、あまり明確なアメリカさというものは、感じられません。あえてヨーロッパの作曲家に例えればシューマンのような感じと申せましょう。しかし、時あたかも19世紀、まだアメリカ独自の音楽スタイルが成熟するには、まだ時期が早かったということもありますし、当時の人々の好みがドイツのロマン派音楽であったことも影響しています。特に当時の評論家たちは、こぞってベートーヴェンこそが最高の作曲家ともてはやし、そのモデルから離れた作品をこっぴどくこき下ろすという態度もとっていました。ブリストウも批判の対象になったのですが、その音楽は今日的視点で観ると、それほど悪いものでもないと思います。

では、そのジョージ・ブリストウの書いた交響曲作品26から、第4楽章をお送りしましょう。演奏は、ネーメ・ヤルヴィ指揮デトロイト交響楽団です。

[ここで音源] 交響曲嬰ヘ短調作品26から、第4楽章/ジョージ・ブリストウ作曲/演奏=ネーメ・ヤルヴィ指揮デトロイト交響楽団/使用CD=Chandos CHAN 9169/演奏時間=10分14秒(1999.11.1.アップロード)


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