Mr. Tの現代アメリカ音楽講座




2000年11月27日アップロード



これは新潟県新津市にあるFM新津の番組「ドクターヨコサカのクラクラクラシック」において、1999年9月末に放送されたアメリカ音楽紹介の原稿です。


皆様こんにちは、フロリダ州立大学院の谷口です。

これまで、現代アメリカ音楽講座では、様々なアメリカの音楽作品を紹介してきましたが、まだ、いままでにおおくりしていないものがありました。それは、アメリカの実験音楽というものです。

「実験」と「音楽」、などといいますと、まるっきり縁のないもの、という感じに見えるかもしれませんが、アメリカには、その二つがものすごく身近に感じられるような音楽があるのです。

これまでこの番組でご紹介してきましたように、アメリカの作曲家の中には、ヨーロッパが築き上げてきた西洋音楽の伝統の中に、自分のアイディアを地道に表現してきた人も数多くいました。一方で、そういった考え方とは一味違った路線を目指し、自ら新しい音楽を開拓したいという考えの人もいるのです。ヨーロッパでも二十世紀に入ると、そういうことを理論的に攻めていく作曲家たちが表れた訳ですが、アメリカの場合は、理論的にどうこう考えるよりも、実際いろんなことを実験的にやってみることによって、新しいものを作り上げていくといった側面があるんですね。そこでは伝統的な価値観にとらわれず、何かを切り開いていく、フロンティア精神のようなものが感じられる訳です。ヨーロッパの二十世紀音楽は前衛音楽といわれていまして、それまで築き上げてきたものを、さらに前進させていくといったニュアンスがあるのですが、アメリカの場合は、そういうものとはまた別に、個人個人の才能や独創性を生かして何かを生み出す、といった感触があるようです。

今回は、そういった実験的な音楽の中から、ピアノを中心とした鍵盤楽器をつかった音楽をご紹介したいと思います。

最初は、ヘンリー・カウエルという人による、ピアノのための作品です。ピアノと申しましても、カウエルの場合、普通のピアノ曲のように、ピアノの鍵盤は使いません。彼は、ピアノの蓋(ふた)の中に注目します。ピアノの蓋の中にあるピアノの弦。それを直接つまびくことにより、今まで考えられなかった音楽が生み出されてきます。

まずは、<バンジー>という作品です。この「バンジー」というのは、人が死んだときに現われる妖精だそうで、死人の例を別世界へといは運ぶのが、その役割なのだそうです。作曲者カウエルによりますと、このバンジーという妖精は、人間のような永遠の生命を持たない存在が嫌いだそうで、長生きをすればするほど、大きな声ですすり泣くのだそうです。

おそらくカウエルは、このバンジーという妖精のすすりなく様子を音で表現するために、ピアノの弦を擦ったりはじいたりしているようなのですが、それがとてもおどろおどろしく、音だけから判断すると、妖精というよりは、幽霊のようにも響きます。それにしても、ピアノからでる音の可能性には、おそらく驚かれることでしょう。

それでは、ヘンリー・カウエル作曲の<バンジー>、ロバート・ミラーのピアノでどうぞ。

[ここで音源] バンジー/ヘンリー・カウエル作曲/演奏=ロバート・ミラー(ピアノ)/使用CD=New World 80203-2/演奏時間=2分19秒

ヘンリー・カウエルのピアノ作品。もう一曲お聞きいただきましょう。今度もピアノの中を演奏するものですが、いま聴いていただいた作品よりも、ずっとリラックスした感じの曲です。タイトルは<エオリアン・ハープ>といいます。これは風によってなる竪琴のことなのだそうですが、その音を、カウエルは ピアノの弦を直接竪琴のようにポロンポロンとはじくことによって表現しているようです。

それではヘンリー・カウエルの<エオリアン・ハープ>、こちらもロバート・ミラーのピアノでどうぞ。

[ここで音源] エオリアン・ハープ/ヘンリー・カウエル作曲/演奏=ロバート・ミラー(ピアノ)/使用CD=New World 80203-2/演奏時間=1分28秒

ピアノによるアメリカの実験音楽。もう少し続けてみましょう。今度はピアノの弦をヴァイオリンの弦で擦って音を出す、スティーヴン・スコットの作品をご紹介しましょう。

ピアノの蓋のなかを演奏する奏法を、専門用語は、「内部奏法」などともいったりするのですが、スティーヴン・スコットは、この「内部奏法」の音楽、を実際にコンサートで聴いたそうで、それに影響されました。どうやら、その作品、カーティス・スミスという人の作品だったそうなのですが、ピアノの弦を釣り糸でならしたのだそうです。スコットも最初、ピアノの弦を釣り糸を使ってこすっていたそうなのですが、コントロールがしにくかったそうで、いろいろ試行錯誤した結果、ヴァイオリンの弦の方が良いということになったそうです。これからお聞きいただきます、スコットの作品<虹>では、スタッカートが頻繁に使われるのですが、やはりきちっとリズムをだすには、きちんと弦をコントロールすることが大事なのでしょうね。

また、スコットの音楽の場合は、音楽的には和音を中心としたものを目指しているようで、そうすると、どうしても演奏者が一人では足りなくなってしまいます。実際、この曲では10人もの演奏者が力を合わせて曲を作っています。

それではスティーヴン・スコットの<虹>という作品から、その第1部をお聴きいただきましょう。演奏はコロラド・カレッジ現代音楽アンサンブルです。

[ここで音源] <虹>第1部/スティーヴン・スコット作曲/演奏=コロラド・カレッジ現代音楽アンサンブル(ピアノ)/使用CD=New Albion NA 009-CD/演奏時間=5分45秒

これまでお送りしてきました作品は、すべてピアノの中を演奏する「内部奏法」を使った作品でした。カウエルが発明したこの技法をもっと複雑なものにした人がいます。その人の名前はジョン・ケージです。

ケージは内部奏法にヒントを得て、ピアノの弦にねじくぎや消しゴムのようなものを挟んでならすことを考えました。そのような細工されたピアノは、演奏の前に準備が必要になるので、準備するピアノ、英語でプリペアード・ピアノと呼ばれております。

これからお送りしますのは、ケージがプリペアード・ピアノのために書いた約1時間あまりの大作、ソナタと間奏曲からの3つの楽章です。これまでのピアノの音とは、これまた違っておりまして、人によっては、インドネシアのガムラン音楽を連想する人もいるようです。それでは、ロバート・ミラーのプリペアード・ピアノ演奏で、ジョン・ケージ作曲、プリペアード・ピアノのためのソナタとインターリュードから、ソナタ第5番、間奏曲第2番、ソナタ第10番と、3つの楽章を続けてお聴きいただきましょう。

[ここで音源] プリペアード・ピアノのためのソナタとインターリュードから、ソナタ第5番、間奏曲第2番、ソナタ第10番/ジョン・ケージ作曲/演奏=ロバート・ミラー(プリペアード・ピアノ)/使用CD=New World 80203-2/演奏時間=1分22秒、4分23秒、3分45秒

ピアノによる、アメリカの実験音楽。次はピアノの内部を演奏する内部奏法とは違った路線のものを聴いてみましょう。

アメリカというのは、テクノロジーの先進国というイメージがあるんですが、音楽に関しても、そのテクノロジーを有効に使おうという試みがあります。ピアノに関しては、自動演奏ピアノが、すでに1863にフィラデルフィアですでに試作されていたという記録があるそうです。

この自動演奏のピアノ、もともとは人間の演奏の代わりをつとめるために開発されたのですが、それを利用して、人間が物理的に演奏できないような音楽を機械にやらせてしまおうと考える人が出てきました。

これからお聴きいただきますのは、コンロン・ナンカローという人が1950年代から作り続けてきたレイヤー・ピアノという名前の、自動ピアノのための作品です。その中には、リストもびっくりの超絶技巧が登場したり、たくさんのメロディーが交錯したり、ものすごいスピードでピアノが弾き飛ばさり、これまでには考えられなかった音楽が堪能できます。

それでは、さっそく、コンロン・ナンカロー作曲のプレイヤー・ピアノのための習作第1番、第27番、第36番をどうぞ。

[ここで音源] プレイヤー・ピアノのための習作第1番、第27番、第36番/コンロン・ナンカロー作曲/使用CD=New World 80203-2/演奏時間=2分01秒、5分31秒、4分09秒

今日最後は、ピアノよりもずっと新しい鍵盤楽器、電子キーボードを使った作品をお送りします。ウィリアム・デルフェルドの<夕べの歌>という作品です。このデルフェルドという人、いろいろな人の叫び声をサンプリングという技法を使って電気的にとりこみまして、それを素材に音楽をつくります。電気的に取り入れられた叫び声は、鍵盤を叩くことによって実際に音となるのですが、その種類は一つや二つではありません。そのすべてを、あやつるのは、かなり難しいのだそうです。

<夕べの歌>は、大変複雑なリズムを使っておりまして、機械に自動演奏させると簡単なのですが、これをあえてすべて手で演奏することによって、独特の臨場感を醸しだしているようです。曲全体は、とてもエネルギッシュで楽しく、アフリカやインドネシアの民族音楽にも通づるところがあります。

それではさっそく、ウィリアム・デルフェルドの<夕べの歌>を、作曲者デルフェルドの演奏でお聴きいただきましょう。

[ここで音源] 夕べの歌/ウィリアム・デルフェルド作曲/ウィリアム・デルフェルド(キーボード)/演奏時間=7分03秒/使用CD=CRI "Bang on the Can."


アメリカ音楽講座の目次に戻る
メインのページに戻る