Mr. Tの現代アメリカ音楽講座



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1999年5月31日アップロード



これは新潟県新津市にあるFM新津の番組「ドクターヨコサカのクラクラクラシック」において、5月末に放送されたアメリカ音楽紹介の原稿です。


皆様こんにちは、フロリダ州立大学院の谷口です。

先月末の放送では、アジアの音楽文化を素材にしたアメリカ人のカナダ人音楽をご紹介しました。アメリカは多国籍国家なのですが、クラシック音楽ということになりますと、それがもともとヨーロッパから輸入されたものでもありますし、どうしてもヨーロッパ的な側面が前面にでてしまいます。しかしアジアの文化を実際に体験したマクフィー、ホヴァネス、カウエルという3人の作曲家たちは、「いや、アジア文化もアメリカの中にしっかりと生きていて、それがアメリカをこんなにも豊かにしているんだ」ということを音楽を通して教えてくれたのではないかと思います。 さて今月は、また方向を変えまして、まさしくアメリカを彷彿とさせる、ジャズを使ったクラシック音楽の数々をご紹介しようと思います。

最初にお送りしますのが、1900年、ニュー・ジャージー州に生まれたジョージ・アンタイルという作曲家です。アンタイルには「音楽の不良少年」などというあだ名がつけられていたそうなのですが、どことなく風変わりで型破りな作品が売り物でした。その最もたるものは、彼が1925年に作曲した『バレエ・メカニーク』という作品で、とてもユニークな楽器編成のためにかかれておりました。ちょっとご紹介しますと、遠隔操作によって演奏される16台の自動ピアノと8台の木琴、レコード・プレーヤー、車のクラクション、4つの大太鼓、4台の電子ベル、2枚の鉄板、はたまた飛行機のエンジン2台と、なかなかもの凄い音のしそうな音楽ですね。1925年当時でしたら、レコードやエンジンの音など、やはり奇抜でモダンな感じだったんでしょうか。

そんなアンタイルが1920年代にもう一つ注目していた「新しい音」が、ジャズでした。ジャズがレコードになって多くの人々に行き渡るようになったのは、1917年3月7日、ビクターから発売されたオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドによってでした。20世紀初頭のニュー・オーリーンズから広まり始めたこのジャズ、1920年代の段階では、まだまだ新鮮だったに違いありません。

アンタイルは1924年、ポール・ホワイトマン楽団から作曲を依頼されまして、『ジャズ交響曲』という作品をつくりはじめます。このポール・ホワイトマン、お気づきのかたもいらっしゃるとおもうのですが、ガーシュインの『ラプソディー・イン・ブルー』を同じ年に初演して、大成功を収めています。そしてホワイトマンは翌年の1925年にアンタイルの『ジャズ交響曲』を演奏しようと考えていたそうですが、結局アンタイルの方は、作品を完成することができなかったようで、結局初演は1927年、あのカーネギー・ホールで行われたようです。

さてこの『ジャズ交響曲』、「交響曲」という言葉がタイトルに現われるのですが、実際は、この曲、いくつもの楽章に分かれているということはありませんし、特に伝統的な交響曲の形式に従ったわけでもありません。また「ジャズ」についても、まだしっかりと固定した音楽の形ができ上がっていなかったのか、ラグタイム風のピアノ・ソロが出てきたり、曲のおしまいにはワルツのようなものも出てきたり、リズムもスイング風というよりもマーチ風だったり、どちらかというと、「これぞジャズ」というよりは、いつも騒がしく、それでいてどことなお茶目な音楽のメドレーといった仕上がりになっています。

それではジョージ・アンタイルの『ジャズ交響曲』、HKグルーバー指揮、アンサンブル・モデルンの演奏でお聞きいただきましょう。

[ここで音源] ジャズ交響曲/ジョージ・アンタイル作曲/HKグルーバー指揮アンサンブル・モデルン/使用音源=RCA Victor 09026-68066-2/演奏時間=6分32秒

アンタイルが1924年から25年に書けて作曲した『ジャズ交響曲』をお聞きいただきましたが、じつは1925年には、もう一人の作曲家がジャズに影響された曲を書いていました。アーロン・コープランドです。彼は、ジャズとういうものは単にフォックストロットやチャールストンのような賑やかな音楽だけでなく、子守歌やノクターンの雰囲気にも使えるのだ、ということを言っておりますが、これからお聞きいただく『劇場のための音楽』でも、アンタイルとはちょっとちがった雰囲気の音楽がきけるかもしれません。それにしても、今日的な目で見ますと、やはり1920年代のジャズというものは、我々が「これはジャズだ」とすぐ分かるような音楽ではないようにも思えます。ぜひ、たったいま聴いていただいたアンタイルの作品と比べてみてください。

それではコープランドの『劇場のための音楽』から「踊り」をお聞きいただきます。演奏はレナード・バーンスタイン指揮のニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団です。

[ここで音源] 『劇場のための音楽』から「踊り」/アーロン・コープランド作曲/レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団/使用音源=Sony Classical SM2K 47232 (CD2 of 2CDs)/演奏時間=7分04秒

次は、ただいまのコープランド作品など、アメリカ音楽を積極的に紹介した名指揮者レナード・バーンスタインが、ジャズアンサンブルのために書いた作品をご紹介します。『ウェストサイド物語』や『オン・ザ・タウン』などブロード・ウェイ・ミュージカルにもヒット作の多いバーンスタインは、そういったポピュラー音楽の世界だけでなく、交響曲も3曲書いており、実に器用で多才な作曲家でした。今回お送りしますのは1949年、ウッディ・ハーマンの委嘱によって書かれた『前奏曲、フーガとリフ』です。

ウッディ・ハーマン、当時のジャズの雑誌『ダウンビート』の人気投票では、ビックバンド部門堂々の第1位でして、第2のデューク・エリントンに2倍強の差をつけています。その大人気のウッディ・ハーマンは、有名なクラシックの作曲家に作品を書いてもらうシリーズを始めたそうで、実際に演奏されたものとしては、ストラヴィンスキーの『エボニー・コンチェルト』という曲がありました。

バーンスタインの書いた『前奏曲、フーガとリフ』、残念ながらウッディ・ハーマンが演奏することはついにありませんでした。作曲者もそれが大いに気にかかっていたようで、せっかく作った作品をどこかで発表したいと思っていました。一度はバレエのための作品にも使ったのですが、あまりうまくいかなかったようで、最終的には1955年に放送された「ジャズって何?」というテレビ番組で演奏されたようです。このテレビ番組、ゲストとして、あのクラリネット奏者、ベニー・グッドマンを呼んだのも、成功の要因だったようです。

さて、その『前奏曲、フーガとリフ』ですが、楽譜を見る限り、ジャズの主要な要素でありますい即興の部分はほとんどありません。特に、クラシック音楽の中できっちりとした展開の必要なフーガなどは、即興には向きませんね。例外的には打楽器のリズムが若干アドリブがきくようになっているだけです。しかし、曲全体がとてもエネルギッシュで、いかにもジャズという響きが聴かれます。アンタイルやコープランドの時代と違って、ジャズという音楽がきちんと確立された証拠なのでしょう。なお、曲のタイトルにある「リフ」という言葉ですが、これはジャズの世界ではよく使われる用語で、旋律の断片、フレーズ、あるいは主題といった意味があるようです。そしてこの短いフレーズや主題が曲の展開において何度も何度も現われるのが特徴です。

では、ロバート・ラーク指揮、ディポール大学ジャズアンサンブル、ジョン・ブルース・イエーのクラリネットで、レナード・バーンスタイン作曲の『前奏曲、フーガとリフ』をどうぞ。

[ここで音源] 前奏曲、フーガとリフ/レナード・バーンスタイン作曲/ロバート・ラーク指揮、ディポール大学ジャズアンサンブル、ジョン・ブルース・イエー(クラリネット)/使用音源=Reference Recordings RR-55CD/演奏時間=7分51秒

次は、ガンサー・シュラーという人をご紹介します。シュラーは1925年ニューヨークに生まれました。18歳には、すでにプロのホルン奏者として活躍していたのですが、作曲も独学で身につけ、いろいろな音楽からの影響をう受けました。しかしその中でもクラシックとジャズに目覚め、ジャズに関しては、2冊の研究書を出版しています。この2冊のジャズ史の本は、音楽的なジャズ史研究として、決定版ともいわれています。

そんなシュラーは、「第三の流れ」という音楽を提唱しました。この「第三の流れ」というのは、第一の流れと第二の流れからできているもので、第一の流れがクラシック、特に50年代の前衛音楽で第二の流れは同じ時代のジャズなんですね。で、それらの間をいくようなものを、シュラー自身が「第三の流れ」と名付け、音楽の未来の一つのありかただ、としたんですね。これまできいていただいたジャズの曲とどう違うのか、ということになりますと、シュラーの「第三の流れ」はクラシックとジャズ、双方の即興的要素を積極的に取り入れていることでしょうか。

これから、シュラーの作品『対話』をお聞きいただこうと思っているのですが、楽譜のおみせできないのが大変残念です。この作品、弦楽四重奏とジャズ四重奏のために書かれておりまして、弦楽四重奏が演奏する部分には、括弧でくくられた音がいくつか書かれておりまして、その音を使って自由に演奏せよ、と指示してある部分があります。また、ジャズのアンサンブルの部分は、どんな和音を演奏するか、いわゆるコードネームしか書かれていません。せいぜいドラムセットのパートのリズム型が書かれているだけです。ジャズの部分はビブラフォンも入りますし、チーチャッカチーチャッカというスイングのリズムも入りますし、それまでのクラシックの流れとは違うことがはっきり分かります。

では、作曲者ガンサー・シュラーの指揮、ボーザール弦楽四重奏団、モダン・ジャズ・カルテットの演奏で、ガンサー・シュラー作曲の『対話』の後半8分程をお聞きいただきましょう。

[ここで音源] 対話(後半)/ガンサー・シュラー作曲/ガンサー・シュラー指揮ボーザール弦楽四重奏団、モダン・ジャズ・カルテット/使用音源=Atlantic SD-1345 [LP]/演奏時間=8分02秒


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