Mr. Tの現代アメリカ音楽講座



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2001年5月1日アップロード


これは新潟県新津市にあるFM新津の番組「ドクターヨコサカのくらくらクラシック」において、2001年4月末に放送されたアメリカ音楽紹介の原稿です。



みなさん、こんにちは。フロリダ州立大学院の、谷口です。

今月の現代アメリカ音楽講座は、20世紀から離れまして、アメリカがまだイギリスの植民地だった時代の音楽を取り上げてみたいと思います。大げさにいうと、アメリカ・クラシック音楽の源泉、といった感じでしょうか。

もちろん、年代的・時代的なことを考えれば、アメリカの音楽史というのは、先住民の人たち、いわゆるアメリカン=インディアンから始めるのが本当だと思うのですが、それはまた、機会を改めてとりあげることにして、今回は、あえてヨーロッパ移民がこの新大陸に上陸した時からということにしてお話を進めていきたいと思います。

コロンブスがアメリカ大陸に上陸し、主に南米の方をスペイン人が植民地としていた一方、現在の合州国、北米大陸の方は、イギリスのプロテスタントの考えに賛同できず、そのイギリス国教会からの自由を求めてやってきた人たちが、現在のマサチューセッツ州にあるプリモスに植民地を作ったのが、本格的なヨーロッパ移民の生活の始まりだと言われております。

この人たちは、聖書の教えに、忠実でありたいと願うピューリタンという人たちだったのですが、その人たちが、植民地に行う礼拝で使った音楽が、今日北アメリカで記録されている最初の音楽活動でした。

そして、キリスト教の礼拝に欠かせないのが、旧約聖書の詩編という書物でありまして、これを簡素に歌い上げるのが、このピューリタンたちのやり方でした。北部の厳しい冬に果敢に立ち向かっていったヨーロッパからの移民の人たち。彼らが心の支えにしていた祈りが、自然とこういう歌になったようです。では、新大陸の植民地ができ始めた時代の詩篇歌集をさっそく聴いてみましょう。1616年発行の「エインズワース詩篇集」から8曲。詩編第100番、25番、1番、111番、97番、55番、34番、13番です。スミス・シンガーズの演奏でどうぞ。

[ここで音源] 「エインズワース詩篇歌集」から詩編第100番、第25番、第1番、第111番、第97番、第55番、第34番、第13番/グレッグ・スミス・シンガーズ/使用CD=VoxBox CDX 5080、アルバム「The America Sings Volume 1: The Founding Years」から、CD1/演奏時間=23秒、36秒、43秒、48秒、30秒、1分、53秒

次は1640年発行の「湾岸詩篇集」から、引き続き旧約聖書の詩編に音楽をつけたものをお送りしましょう。素朴な感じは「エインズワース詩編歌」にも通ずるところがあるのですが、やはり植民地における、移民のコミュニティーが大きくなってきたのか、音楽的に、ちょっと欲張った感じもいたします。特にハモる合唱というのは、声をお互いに響きあわせるだけの人数がいたことと音楽的な素養があったということを感じさせます。また1曲の長さも長くなっています。

では、先程と同じ、グレッグ・スミス・シンガーズの演奏で、「湾岸詩編集」から、詩篇23番、第100番です。

[ここで音源] 「湾岸詩篇集」から詩篇23番、第100番/グレッグ・スミス・シンガーズ/使用CD=VoxBox CDX 5080/演奏時間=1分35秒、53秒

今日まで残っている古い音楽伝統には、ピューリタン系プロテスタントの流れを組む、シェーカー教というのもございます。シェーカー教というのは、もともとイギリスから渡ってきたクェーカー教のアメリカ版といったところなのですが、祈りの際に身体を激しく振動させる、シェークさせることから、その名前がついたとされております。彼らの簡素で機能的な宗教文化はアメリカではよく知られておりまして、家具のデザインなどには、独特の味わいがあるとされております。

次は、このシェーカー教の信徒たちが歌い継いできた宗教歌からいくつかお送りしましょう。まずは、シェーカー教に伝わる歌の中で最も古いものにあたるもので、歌詞のない、《マザー・アンの歌》。歌詞がついていないのは、初期の音楽の特徴なのだそうです。2曲目はシェンカー教徒の信仰の核心にふれるような感動のこもった《天の慰め》、3曲目は中世の古い教会音楽を思わせる《聖なる御母は守りの鎖(くさり)》、そして、シェンカーの賛美歌としては、最も良く知られている《質素な贈り物》、後にアーロン・コープランドが、これをバレエ音楽《アパラチアの春》に使った曲で、すっかり有名になりました。

では、以上シェンカー教の宗教音楽5曲を、ジョエル・コーヘン指揮のボストン・カメラータ、そしてメイン州サバト・レークのシェーカーの皆さんの演奏で続けてお聞きいただきましょう。

[ここで音源] マザー・アンの歌/シェーカー教宗教音楽/ジョエル・コーヘン指揮ボストン・カメラータ、スコラ・カントールム・ボストン、メイン州サバト・レークのシェーカー教徒の方々/使用CD=Erato 4509-98491-2/演奏時間=2分19秒

[ここで音源] 天の慰め/シェーカー教宗教音楽/ジョエル・コーヘン指揮ボストン・カメラータ、メイン州サバト・レークのシェーカー教徒の方々/使用CD=Erato 4509-98491-2/演奏時間=1分02秒

[ここで音源] 聖なる御母は守りの鎖(くさり)/シェーカー教宗教音楽/ジョエル・コーヘン指揮ボストン・カメラータ、メイン州サバト・レークのシェーカー教徒の方々/使用CD=Erato 4509-98491-2/演奏時間=2分26秒

[ここで音源] 質素な贈り物/シェーカー教宗教音楽/ジョエル・コーヘン指揮ボストン・カメラータ、メイン州サバト・レークのシェーカー教徒の方々/使用CD=Erato 4509-98491-2/演奏時間=1分02秒

アメリカは、さまざまなヨーロッパ系の移民が、現在の白人社会のメインを築き上げている訳ですが、それはイギリス系の人たちに限りません。ドイツ語圏の方からやってきたキリスト教の一派は、モラヴィア教などと名付けられておりますが、この一派の音楽は、これまで聴いてきた歌だけの宗教音楽ではなく、積極的にオーケストラの響きを礼拝に取り入れることで有名です。時代的にはヨーロッパ音楽は、バロックから古典派と移行していた頃。これからお聞きいただくモラヴィア教の音楽も、どこかしら、ヘンデルやバッハのように響くかもしれません。

次はモラヴィア教の宗教音楽から、キリストの生涯と受難を知り復活を待ち望む四旬節という時期に歌われる音楽からお届けします。ますは、《聖なる主、神よ》、これは、モラヴィア教の礼拝の冒頭に使われる冒頭に聴かれるトロンボーンの四重奏による演奏で、これは、この宗派独特の音楽スタイルだそうです。そして静かに神の御業をたたえる、《ああ、最も美しいものよ》そして感謝祭で歌われる「さあ歌え、汝らは皆救われた」、これは、1762年に生まれ、1784年にアメリカにやってきたという、ゲオルグ・ゴットフリード・ミュラーという人の作品です。以上2つの曲を続けて、曲が作られた当時の楽器を使った演奏でお聞きいただきましょう。マーティン・パールマン指揮ボストン・カメラータによるモラヴィア教の音楽です。

[ここで音源] 聖なる主、神よ/作曲家不詳/マーティン・パールマン指揮ボストン・カメラータ/使用CD=Telarc CD-80482/1分50秒

[ここで音源] さあ歌え、汝らは皆救われた/ゲオルグ・ゴットフリード・ミュラー/使用CD=Telarc CD-80482/演奏時間=3分52秒

宗教音楽をもう少し続けましょう。これまでの作品に比較して、響きが豊かで洗練された作風のものです。曲はマサチューセッツ州の図書館に残された歌集の中から、《ハットフィールド》というものです。残念ながら、これを書いた人についての詳細は分からないのですが、「神よ、あなたは私の声が天に昇るのをお聞きになるでしょう。あなたのために私の祈りを捧げます」といった感じで始まります。歌集を編纂(へんさん)したD. H. マンスフィールドは「<ハットフィールド>は涙を誘う。最近の音楽はほとんど、あるいは全く訴える力がないが」と書き添えているそうなのですが、みなさんはどうお感じになられるでしょうか。

では、ジョエル・コーヘン指揮ボストン・カメラータ、スコラ・カントールム・ボストンの演奏で、《ハットフィールド》という宗教歌をどうぞ。

[ここで音源] ハットフィールド/作曲家不詳/ジョエル・コーヘン指揮ボストン・カメラータ、スコラ・カントールム・ボストン/使用CD=Erato 0630-12711-2、アルバム「Trav'ling Home: American Spirituals 1770-1870」/演奏時間=2分23秒

最後に、教会の外の音、宗教音楽以外のものを、ご紹介しましょう。古い植民地の記録を辿ってみますと、確かに教会では、楽器があまり使われていなかったということになっているそうですが、それでも、各家庭には楽器の演奏法を勉強するための本が置いてあったり、実際に楽器もあったようです。そういう楽器を使って演奏されたのは、宗教的な文脈を離れた、楽しみのための音楽でした。日々の仕事を終えたあと、ダンスをすることも多かったようでして、そういった時に使われた楽譜が、今日まで残っています。その多くはイギリスから持ち込まれた楽譜のようで、まだ文化的には、「植民地」の名残を持っていたのかもしれませんが、音楽そのものは大変楽しく、時代を彷佛とさせるものです。また、アメリカ北部の人たちは、こういったヨーロッパ風の踊りを、いわば教養として取り入れているところもありまして、「南部の人間のように野蛮になってはいけない」と、当時の文献にもあるのだそうです。ではそういった、植民地時代の教養としての社交音楽を、今度はお楽しみいただきましょう。当時使われたいたと思われる楽器を使って演奏した、ヘスペルスというグループのCDからお届けします。

では『ダンスの名人』という本に載せられたダンス音楽《ポーツマウス》、《ステインズ・モリス》、《生き生きしたギャラント》、《チェルシア・リーチ》という4曲のメドレーをお楽しみください。

[ここで音源] ダンス音楽メドレー(《ポーツマウス》、《ステインズ・モリス》、《生き生きしたギャラント》、《チェルシア・リーチ》)/ヘスペルス(古楽グループ)/使用CD=Maggie's Music MMCD216/演奏時間=4分50秒


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