Mr. Tの現代アメリカ音楽講座



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1999年12月8日



これは新潟県新津市にあるFM新津の番組「ドクターヨコサカのくらくらクラシック」において、2000年1月末に放送されたアメリカ音楽紹介の原稿です。


皆さんこんにちは、フロリダ州立大学院の谷口です。

この現代アメリカ音楽講座も、お陰様をもちまして、二年目に入ります。お正月の挨拶はもう遅いのですが、とりあえず、どうぞ今年もよろしくおつき合いください。

さてさて、クラシック音楽で今年、話題の一つとして、あのバッハ没後250年がありますね。日本ではバッハの全作品をまとめたのCDも出始め、盛り上がりを見せています。アメリカでも、バッハ2000なるCDの全集が、やはり話題になっています。

しかしアメリカでは、バッハ以外にも今年、大いに祝福される作曲家がいます。その名はアーロン・コープランドです。

コープランドは1900年ニューヨーク州はブルックリン生まれ。ユダヤ系の都会人なのですが、彼の名を有名にしているのは、大平原を思わせるバレエ音楽《アパラチアの春》、荒々しいカウボーイのスポーツを題材にした《ロデオ》、そしてメキシコ旅行中に立ち寄った酒場をテーマにした《エル・サロン・メヒコ》でしょう。いずれもバイタリティーあふれたアメリカの雰囲気が伝わってきますし、広い大地を感じさせるようなオープンな響きが魅力です。アメリカのテレビでは、コープランドの音楽が牛肉のコマーシャルに使われたりしておりまして、特にクラシック音楽に慣れ親んでない人でも、一度は耳にしたことがあるというほど、有名な作曲家です。

コープランド生誕100年を前に、昨年からニューヨークを中心に色々な企画コンサートが始まっています。ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団などでは、コープランドの全作品を演奏するシリーズがありましたし、近代美術館では、コープランドが音楽を担当した映画が、連続で上演されています。

今年もこれから、全部で500以上ものコンサートでコープランド作品が演奏され、おそらくいろんなCDもリリースされることでしょう。彼がいかにアメリカのクラシック音楽界で重要な存在であるかが分かります。

今回の「現代アメリカ音楽講座」では、数多いコープランド作品の中から、コープランドのコミカルな側面とアメリカを愛する心が伝わって3つの作品を紹介します。

まずは、1942年に書かれたヴァイオリン・ソナタです。1930年代から40年代にかけて、コープランドはメキシコやキューバを訪れましたが、その時に、いろいろな南米の民族音楽に影響されたことが想像できます。もちろん、その影響がもっとも顕著に現われたのが《エル・サロン・メヒコ》なのでしょうが、このソナタにも、音の選び方やリズムの使い方に、多少そういった影響を感じ取ることができます。もちろん、瞑想的で祈りのような簡素な部分も、この音楽の魅力となっています。今日は1998年に録音された、ギル・シャハムのヴァイオリンとアンドレ・プレヴィンのピアノ伴奏による、比較的新しいCDをお届けします。これまでもガーシュインやサミュエル・バーバーの作品を録音してきた、名コンビによる演奏です。では、アーロン・コープランド作曲のヴァイオリン・ソナタから、その第1楽章をどうぞ。

[ここで音源] ヴァイオリン・ソナタより第1楽章/アーロン・コープランド作曲/ギル・シャハム(ヴァイオリン)、アンドレ・プレヴィン(ピアノ)/使用CD=Deutsche Grammophon 288 453 470-2/演奏時間=7分26秒

今日第2曲目は、アメリカの民謡や子どもの歌を楽しく編曲した《アメリカの古い歌》です。1950年冬、コープランドは、とある大学図書館にあった民謡コレクションや、アメリカ民謡の採集家たちからいろいろな民謡をみつけ、それらをピアノ伴奏をつけた5つの歌曲に編曲しました。

第1曲目は<船乗りの踊り>。これは、もともと、白人が顔を黒く塗って、黒人風のエンタテーメントをするミンストレル・ショーの中で使われた曲だそうです。冒頭では、オハイオ河を下る船乗りの雰囲気が表現されたあと、調子のよい踊りがはじまりまして、ここでは、「船乗りは夜明けまでおどり、女を数人連れて帰ってくる」といった内容の歌詞が歌われます。

第2曲目は<ペテン師>。選挙の歌ということになっていますが、歌詞の中味は「選挙で立候補する奴はペテン師だ。奴はあんたを丁重に扱い、一票をお願いするんだが、気を付けろ、奴は金のためにおまえをペテンにかけてるんだぜ」といった感じです。曲が進むとさらにアイディアが広がりまして、世の中の人間はみな(牧師も恋人も)他人をだまし合うペテン師なんだ、と皮肉が聞かれます。

第3曲目は<遠い昔>。ノスタルジックな雰囲気にあふれ、しだれた柳、輝く石、水のながれなどを通して昔の恋人に思いを馳せる、どことなくセンチメンタルなバラードです。

第4曲目は<ささやかな贈り物>。《アパラチアの春》にもつかわれたシェーカー教の賛美歌ですが、ここでは題名にもあるように、ささやかにアレンジされています。

最後は子どもの歌<僕は猫を買ってきた>です。「僕はかわいい猫を買ってきた。あそこの木の下で(えさ)をやったらニャーニャー鳴いた」と始まるのですが、歌が進むにつれて、動物がどんどん増えてきます。猫の次はアヒル、さらにがちょう、雄鶏(おんどり)、豚、牛、馬と続きます。これらの動物がどう鳴くのか、コミカルなピアノ伴奏とともにお楽しみください。そして最後にはなぜか女房も登場します。女房がどういう鳴き方をするのかについては、スタジオにいらっしゃる方から説明があると思いますので、それもお楽しみに。

それでは、コープランドの《アメリカの古い歌》、ウィリアム・ワーフィールドのバリトン、作曲者アーロン・コープランドのピアノでどうぞ。

[ここで音源] アメリカの古い歌(第1部)/アーロン・コープランド作曲/ウィリアム・ワーフィールド(バリトン)、アーロン・コープランド(ピアノ)/Sony Classical MHK 60899/演奏時間=3分31秒、2分11秒、3分12秒、1分35秒、2分11秒

今日最後は、また雰囲気を変えまして、コープランドの作品のなかで、ひときわ愛国心の強いものの一つ、《リンカーンの肖像》をお送りします。

1942年に作曲されたナレーターと管弦楽のための《リンカーンの肖像》は、戦時中における国民意識を高めるのに役立った作品で、大統領リンカーンが実際に演説などで発言したことをナレーターとして曲にのせているのが、アメリカ人の心に大きく訴えました。

作品は3つの部分から成り立っています。冒頭のゆっくりした部分では、リンカーンが、伝説的で神秘的な存在として浮かび上がります。中間のテンポの速い部分では、リンカーンの生きた19世紀後半のアメリカがいきいきと描写されます。フォスターの歌《草競馬》の一節も飛び出し、曲が盛り上がります。

これが一段落ついたところで、ナレーターがリンカーンの人となりについて、あるいは彼の民主主義の理想について、リンカーンの演説を引用しながら進めていきます。「市民のみなさん」と始まる一つ目の演説では、アメリカの政治のあり方は、すべての人が平等であることを目指し、特定の人物が重要だからといって他の人が苦労を強いられることはない、という言葉が引かれます。そのあとリンカーンの出生を短く述べた説明に続き、今度は「過去の古いドグマは捨てて新しい発想を持って我々は立ち上がらなければならない」という演説が引用されます。次は、リンカーンが選挙に立候補したときは、立派な大男に成長したことをナレーターが述べ、リンカーンの言葉が続ききます。「どういった階層の出身者であろうとも、他の階層の人々から奴隷のように扱われることがあってはならない。それは専制君主の暴虐なやり方だ」といったかんじです。音楽的な盛り上がりがここであるのですが、それが静まった後、ナレーターが続けます。リンカーンは静かで感傷的な人間だったが、民主主義のこととなると力強かったという説明があり、有名な南北戦争の演説「人民の、人民による、人民のための政治が、この地上から滅びることのないようにしようではないか」という言葉で力強く締めくくられます。

この作品、ナレーターの話し方によって、曲の印象も大きく変わるのですが、政治家の演説のように声を張り上げるもの、演劇調なものあります。今日お送りするのは、先ほど《アメリカの古い歌》を歌ったウィリアム・ワーフィールドがナレーターをつとめているものです。ちょっと聞いたところ、内向的でもの静かな感じもするのですが、素朴でおっとりとした感じから、言葉や音楽の内容に反応して盛り上がってくるところもあり、大変効果的です。作曲者コープランドも、あまり舞台演劇のようにはやってもらいたくなったそうで、そういう点でもこのナレーターは適切なのかもしれません。

それでは、アーロン・コープランド作曲の《リンカーンの肖像》、ウィリアム・ワーフィールドのナレーター、レナード・バーンスタイン指揮のニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団の演奏でどうぞ。1976年のライブ録音です。

[ここで音源] リンカーンの肖像/アーロン・コープランド作曲/レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団/演奏時間=15分31秒/使用CD=New York Philharmonic Special Edition, "An American Celebration" Vol. 1, CD 4.(2000.2.3.アップロード、05.5.25. 改訂)


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