最近見たもの、聴いたもの(25)


2001年1月10日アップロード


2000.9.9.

石井玲子 博士リサイタル フロリダ州立大学音楽学部、ドホナーニ・ホール

石井は、FSUの学生としては水準を上回る演奏を聞かせてきたが、今回のプログラムは、バロックから20世紀音楽に渡る、比較的オーソドックスなもの。以前、室内楽で行ったようなオール・ブラームス・プログラムのような冒険は、やはり専攻のリサイタルでは難しいということなのだろうか。会場には、彼女の教え子も含む、多くの観客が詰めかけ、人気の度合を示しているかのようだ。

そんな中の第1曲目は、バッハの《半音階的前奏曲のフーガ》。石井の演奏については、これまでベートーヴェン以降のものしか知らなかったので、こういったバロックものは新鮮に響く。また、バッハの音楽の持つ情感表現には、ロマン的な側面も多く、石井の表現力の強さが生きたということもあるだろう。

一方で問題と思われた箇所は、例えば前奏曲の後半、和音と走り抜ける音型が交互に現われる箇所。特に和音による緊張感、そして方向性といったところに、やや「迷い」があるようにも感じられ、機能和声の構造から滲(にじ)み出る楽想構築が望まれるところだろう。

フーガの部分は、明瞭に主題を提示し、楽式的な面白さを充分に表現することができ、それが彼女の表現としてきっちりと消化されていることを、まず評価すべきであろう。それとは裏腹に、指摘しておきたいのは、フーガは主題を複数の声部によって鳴らす様式であるとともに、対位法を生かした音楽であるということだろう。つまり、主題が高らかに鳴り響く一方で、つねに別の要素が常に動きつつ主張もしているのである。モダンのピアノを使うことにより、対位法の渦に埋もれがちな主題を明瞭にすることは可能であるが、もっと立体的な表現にするためには、主題以外の部分の扱い方についても、何かしらの処置が、さらに施されるとべきだと思う。

2曲目は、バルトークのソナタ。音が塊となって迫りつつある部分と対位法的に絡む部分が、巧みに形式的な美観を作り上げる第1楽章など、力強いピアニズムで圧倒された。一方でダイナミクスやテクスチュアのコントラストとは別に、何か楽章全体の根底に流れる筋のようなものがあるように感じたのだが、その辺りの表現の可能性も、さらに追及できたのではないだろうか。

休憩を挟んで、後半はシューマンの《謝肉祭》。プログラム前半に劣らず、アシュケナージ風の力強いピアニズムとアピールが、作品のキャラクターを決定づけていた。ただ、第2曲目などは、やや強弱の入れ替わりが一本調子となる危険性も孕(はら)んでいたし、<ショパン>の前の数曲は、まだ完全に手中になっていない部分もあり、やや不安定でもあった。一方、全曲のまとめ方や音楽的高揚には、さすがと思わせるところがあり、この作品の、より練りこまれた再演を待ちたいところだ。

全体としては、自己表現の自信と、作品のツボをおさえた、聞かせどころの多い演奏会であったと思う。一方で、今後、個々の作品のおおまかな流れを検討することにより、さらに豊かな音楽作りがなされることを期待しておきたい。(2000.9.14.記述)


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