音楽雑記帳(29)



低迷するアメリカのオーケストラ
『新潟日報』1997年2月14日掲載


 このところアメリカのオ ーケストラが低迷している。 昨年9月のシーズン始めか らあちこちでストライキが 続出し、いまだに解決の糸 口が見い出せずに裁判に持 ち込まれているケースもあ るほどだ。

 サンフランシスコ響やア トランタ響のオーケストラ 楽員組合は、契約更新に際 しての給与引き上げや健康 保証の問題が経営側とこじ れ、演奏活動を数週間停止 した。また名門フィラデル フィア管弦楽団も同様な理 由からストに入ったが、他 のオーケストラよりも深刻 な問題を抱えていたため解 決が長引いたという。それ は、長らく契約を結んでい たレコード会社との契約が 打ち切られたことだった。 同楽団のスポークスマンは、 「レコード契約も定期的ラ ジオ放送もなしでは、この オーケストラは新しい聴衆 を一世代ごと失うことにな りかねない」と事態を憂慮 している。

 レコード会社は、音楽家 の要求する報酬が高いこと を理由に、現在アメリカで の録音は割に合わないと考 えている。昔のようにスタ ー指揮者がいなくなってき たのも災いし、シカゴ響の 前任指揮者ショルティとの 録音を行っているイギリス のあるレコード会社は、シ ョルティの録音さえなかっ たらすぐにでもアメリカで の録音を中止したいとさえ 言っているほどだ。フィラ デルフィア管の場合は名指 揮者オーマンデイがいたの だが、他界後も彼の指揮し たCDが廉価盤として市場 にあふれ、現在の指揮者サ ヴァリッシュの存在が影に 隠れてしまっているのだ。 フィラデルフィア管のかつ てのCDが、現在活動して いる同オーケストラのライ バルとなってしまったとい う悲劇だ。

 この例に限らず往年の名 曲・名演奏のCDは今でも 根強い人気だ(現在もっと も売れている指揮者は、い まだに故カラヤンだとい う)。その一方、個性のな くなった現在の指揮者・管 弦楽団を目の前にし、「あ のマエストロの最新録音 を」といってCDを買う人 はいなくなってしまったの だという。そのためか、ス タンダードな名曲の録音に は見切りをつけたレコード 会社も多い。

 そのような中で稀な例も ある。アメリカの知られざ る管弦楽曲をシリーズとし て録音しているシアトル響 だ。このオーケストラは、 憂いの多い他の管弦楽団を 尻目に年間10枚ものCDを 市場に送りだしている。自 国の芸術を大切にする政府 の機関からも、録音のため の財政的援助を受け、オー ケストラの人気は高まるば かりで楽団全体の財政も潤 っている。このような新し いレパートリーの発掘は、 低迷するアメリカのオーケ ストラ界の展望を開く明る い動向として注目されてい る。

 今やこの「レパートリー 主義」が当り前になると言 うのは、レコード業界新規 参入のナクソス社だ。同社 は無名のオーケストラを起 用することによって次々と 廉価盤を発売し、業界全体 を震憾させている。その社 長は、次世代のスターを渇 望している現在のアメリカ のオーケストラに対し、 「クラシック音楽の録音で 大きなお金が動いた時代は 終わった」と述べ、オーケ ストラの「スター中心主 義」が現状を生み出したの だと批判する。

 いずれにせよアメリカの オーケストラは、現実を直 視した厳しい対応を迫られ てくることになりそうだ。



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