音楽雑記帳(38)



富山県福光町 IOX-AROSA声楽サマー・セミナー見学

2003.8.22.アップロード


村山一雄さんのご案内で、富山県福光町で行われているIOX-AROSA声楽サマー・セミナー2003の一部を見学させていただいた。IOX-AROSAはスキー場として有名だそうだが、夏の間の利用方法として、10年前から声楽家を対象としたレッスンやマスターコースを行っている。参加者は富山県内外から集まってきた現役の声楽家が中心だが、参加者名簿を見る限り、県外出身者が大半を占めているようだ。

8月1日から7日までの全日程のうち私が訪れた8月4日には、日本歌曲を専門に指導する塚田佳男さんのマスタークラスがあり、このうちの3人の方の指導をうしろの方で見学させていただいた。

大変失礼ながら、指導をしておられる塚田佳男さんについて、これまで私はまるで知らず、「日本歌曲」という響きから想像したのも、例えば鮫島有美子さんのような「日本の叙情」を歌い上げるようなものだった。

しかし実際にマスタークラスで聴かれた日本歌曲は、いわゆる近代日本の作曲家による日本語の歌曲であり、いわゆる愛唱歌や唱歌の類いではなかった。むしろもっと芸術性の高い、聴き応えのあるものばかりである。

残念ながらマスタークラスで歌われていた作品がどのようなものであるか、私は知る術もなかったのであるが(そのうちの一曲は「柴田(南雄?)さん」の「器楽的」作品であったようだ)、日本歌曲と一口にいっても、実に多彩な作風のものがあるということに、まず感心した。一遍の合唱音楽を思わせる雄大な構成の歌曲、オペラ・アリアの一つを取り出したかのようなドラマティックな歌曲、そして20世紀の調性・無調から貪欲に語法を取り入れた歌曲と、それぞれがはっと思わせる仕掛けを持っていたり、うならせるような充実度を持っていた。

指導をしておられた塚田さんは、経歴にはピアニストという肩書きになっているが、その指導にあたって出される声を聴くと、これが実に立派であり、日本語の発音も非常にはっきりしている。プログラムに載っていた経歴の詳細には、もともと声楽を東京芸術大学で専攻しておられたとある。なるほど、それならば納得。下手をすると、マスタークラスで歌っている声楽家に匹敵、いや、それ以上の実力さえ感じさせられる歌声である。歌唱指導の中では、文語体で書かれた詩の発音やイントネーションから来る旋律線の処理の方法、詩の意味をいかに捉え表現すべきかについて、個々の作品に合わせて指導されていたようだ。

ピアノ伴奏に対しても鋭く的確な指摘が見られた。もっとも基本的なことでは、自己が演奏する音を「聴く」行為とピアノを歌わせること。ロマン派やオペラのアリアの流れを汲む作品では、外声部に見られる旋律に耳をそばだてることが基本。アルペジオの中に隠れた旋律線を導き出すのである。その他、オペラティックな作品では、ピアニスト自身がオーケストラと指揮者の役目を引き受け、「見得」を切ったり、歌手に対するお膳立てをする必要がある。この「お膳立て」は必ずしも「後ろに引っ込む」ということではなく、必要な時は思いきって弾き込む必要もあるのであり、思わず眠りそうな聴き手を目覚ませ、曲に集中させるような訴えでさえある。

その他、作品の詩の区切れ、内容のまとまりに呼応した楽想の変化への対応、または各セクションにおける音楽の流れとドラマなど、こちらも個々の作品を通しての指導があった。

以上、今回は日本歌曲のマスタークラスのみの見学であったが、この他にもドイツ、フランスの歌曲やアンサンブルなどのコースも用意されているようだ。充実したこの声楽セミナー、富山県在住の音楽家の、より多くの参加を期待したい。


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