音楽雑記帳(3)



ボストンの図書館体験記(2)

(3)MIT・音楽図書館

昨年新築されたこの図書館は、空間的にぐっと広がった感じになり、図書館という実用的なイメージから、快適さを求める人達のための憩いの場所へと進化した。1階の奥にはソファーがあり、ゆっくりくつろぐにはよさそうだ。検索用コンピュータ端末は4つあったが、それらが、狭い空間に寄せあって置いてあり、2人以上になると息苦しくなる。それでもなんとかスペースを獲得して、コンピュータを使うことはできた。データベースはとても使いやすく反応もはやい。また音楽図書館の場合、キーボードが後方から前方へ下降している台に置いてあり、長時間使っても疲れないように配慮してある。さすがこの辺りは天下のMITの面目躍如たるものがある。図書や楽譜は、すべて可動式の書棚に収められていて(入り口からみて左側)、狭い空間を最大限利用しようとしているが、それにしても在庫数が驚くほど少なく、MITの音楽学部の現状を反映しているような気がした。階段をのぼり、2階はリスニングセンターとなっている。アメリカの会社のオフィスのデスクを思わせるように、仕切がきちんとしてあって、プライベートな空間の趣の強い施設となっている。授業ではリスニングやビデオ視聴の宿題がでるので、それを黙々とこなしている学生もいたし、暇をつぶすために、自分の好きな音楽をかけながらうとうとする人もいた。

面白いコレクションとして、アメリカ20世紀の作曲家、ハリー・パーチの自筆譜がある。これはMITの教授の一人がたまたまパーチのアンサンブルと関わっていて、コピーを持っていたことから始まっている。またパーチがかつて自費出版したGate 5の珍しいレコードもあり、この作曲家を知るためには、絶好の穴場と言えるだろう(私のおすすめのレコードは<オイディプス>だ)。そのほか現代音楽のコレクションは他の図書館よりも強く、アイヴス生誕100年を記念して発行されたレコードが置いてあるのも、ボストン近辺ではここだけだろうと思う(この5枚組のレコードには、アイヴスの弾いたピアノの貴重な録音、アイヴスの友人の証言をあつめた『追憶のアイヴス』というとても刺激的で面白いものが含まれている)。とにかく新しい音楽に興味のある人は、ここを見逃さないように。「ニューイングランドの秘宝」と賞したアメリカの作曲家もいたっけ。

(4)ニューイングランド音楽院、スポールディング図書館(書籍・楽譜)

ジョーダンホールの向かい側、学生寮のあるビル内にある。玄関を入ってすぐ左側が図書・楽譜専門の(?)スポールディング図書館になっている。私の来訪の目的は、ニューイングランド音楽院の初代学長で、19世紀末から20世紀初頭のボストンで名声を獲得したジョージ・ホワイトフィールド・チャドウィックという作曲家の自筆譜だった。事前にEメイルで館長のジーン・モロー氏に連絡しておいたので、彼女が来ると、さっそく係の人が案内してくれた。資料の取り扱いについては、ほとんど彼女一人が行っているが、とても親切にあれこれ手伝ってくれるので、遠慮せずに見たい資料を請求するとよい。貴重資料は、地下の製本室の隣にある書庫からすぐに持ってきてくれ、ハーバードのように気難しい「儀式」のようなものはない。はいどうぞ、という感じで、あとは自由に見開きできる。ただしモロー氏は図書館長としてとても忙しく、いつも図書館にいる訳ではない。また彼女がいないと貴重資料の閲覧は実質不可能だ(開架図書はいつでも閲覧できる。ただコピー機が拡大縮小できない不便なものなので、注意)。リサーチするときは、必ずモロー氏のスケジュールを確認し、指定された時間に行くこと。

なおモロー氏はとても気さくな方で、フロリダ州立大学で、チャドウィックを研究している人は私を含めて3人いるということを知って、「今度3人でチャドウィック・パーティでも開いたら?」と言ってくれた。ボストンの作曲家をボストン在住ではなく、遠くフロリダの学生が研究しているというのもあったのかもしれない。

図書館の概要はこちらをご覧ください(英語です)。

(5)ニューイングランド音楽院、ファイヤーストーン図書館(音響資料)

入口はジョーダンホールと同じ。警備員がいるので、そこで名前を書かなければならない。私の場合はモロー氏のアポイントメントがあるということで通してもらえたが、一般の人は入れないのかもしれない。しかし一度入ってしまうと、そこは学生っぽい雰囲気がいっぱいだ。手順としては、コンピュータで聴きたいレコードやCD、テープの所蔵番号を調べ、カウンターに提出する。身分証明書を見せるとヘッドフォンを貸してくれる。なお一度に借りられる録音資料の数が限られていることもあるので、注意すること。

私がこの図書館を訪れたのは、以前この音楽院の学長をつとめた作曲家、ガンサー・シュラーの作品を聴くためだった(ホルンを吹く人なら、彼の『ホルンのテクニック』、ジャズに関心のある人なら、最近翻訳もでた『初期のジャズ』という本で、彼の名前をご存じかもしれない)。大半はニューイングランド音楽院の学生がシュラーの誕生日を祝って開いたコンサートのライブなのだが、どれもとてもレベルの高い演奏で驚いた。テクニック的な不安はないし、作品の緊張感が程よく聞き手を魅了する。残念ながらシュラー作品の自筆譜はどちらの図書館にもないが、たとえば一般に出回っていない彼の作品を鑑賞するのには絶好の場所だろう。残念ながら録音資料のコピーは禁止されている。

この他、昔はボストン近辺の公立図書館もあちこち訪ねたことがある。機会があったらそれらについても紹介してみたい。


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