音楽雑記帳(19)



音楽学の先生を選ぶ(98.6.10.)



私の通う大学で、今年の2月、音楽学の先生を新規採用するための選考会が行われました。先学期、先生が一人定年になったからです。実に150通もの応募が寄せられ、書類選考で3人が学校を訪れました。3人の先生は、当学校の教授たちとの面会はもちろん、授業を一回担当し(学生・先生・大学院生が教室のうしろで観察)、自分の研究について学生と教授陣相手にインフォーマルな議論(のはずだったのに、来た人はみなフォーマルな口頭発表をしました)、大学院生たちと(教授陣抜き)の談笑、など盛りだくさんの内容でした。もちろんそれぞれが最終的な決定に影響を与える大事な要素になります。

私は、残念ながら3人の行った授業に参観することができなかったのですが、その他については(発表も少ししか見れませんでしたが)同僚と一緒に学生の一人として参加させていただきました。

今回の募集では、単に音楽学選考というだけでなく(そんな広い条件にしたら、Ph.D.保持者がゴマンといますものね)、「20世紀アメリカ音楽」を専門に研究しており、アメリカ音楽史を教えられる人、という条件で募集しました。

一人目はジョン・ケージの初期作品で博士論文を書いたコロンビア大学出身(おそらく30代前半)の男性で、授業の方はなかなか楽しかったらしく、学生のウケも上々だったそうです。口頭発表として、ケージの音楽に影響した文化的・哲学的背景が述べられ、質疑応答がいくらか続きました。学生の中には、そもそもケージが嫌いという人間もおりましたが、今回の発表を通じてケージに興味を持ったという人もいました。

残念ながら私は大半を逃してしまったのですが、参加した時間内では、同僚が「なぜケージを研究しようと思ったのか」という問いがあがっておりまして、それに「重要な人物をやりたかったから」という回答があり、私はどうも引っかかってしまいました。今音楽史研究は、名曲・名作曲家研究中心から少しずつ脱皮しようとしているので、このような発言は、適切でなかったのかもしれません。

またどのようにアメリカ音楽史を教えるか、という質問が教授陣からあったのですが、美術との関連で20世紀音楽を捉える、と答えました。しかしそれが広くアメリカ音楽史全体の授業へと発展するかどうか、という疑問も挙がったようでした。同僚は、どうもこの人はケージの目でしかアメリカ音楽を見れないのではないか、という危惧を抱いていました。「彼がウィリアム・ビリングス(18世紀のアメリカ作曲家)を教える姿なんて想像できない」ということだそうです。

学生との談笑では、この先生の学生に対する態度に腹をたてた人がいました。というのも、彼は何人学生がF(不可)を取ろうとも気にしないという発言をしたからです。腹を立てたその同僚は、「私が先生だったら、あまりにも多くの生徒がF(不可)を取ったら自分の指導方法についてもっと考えるだろう。テストをだして、みんなそれなりに出来るというのが理想だと思うわ」と言っておりました。その他、この人には教授のテクニックには関心があっても、そこに一貫した哲学のようなものがない、という批判もありました。

二人目はワシントン大学出身の女性教師で、アイヴズ学者でした。口頭発表は、アイヴズのアメリカ原住民をあつかった歌曲の詳細な分析があり、それをアイヴズの音楽的発想と結び付けるというような内容だったと思います。民族音楽学のある先生が熱心に質問を浴びせかけ、盛り上がったと同時にとても積極的な意見交換がなされました。

アイヴズの他にも、セッションズの音楽に関する研究、「アメリカの風景」をもとにしたアメリカ音楽作品の出版物も準備しているということで、アメリカ音楽全般に、とても幅広い関心が見られました。「いまフロリダ州立大学のアメリカ音楽史の授業は、専門の大学院生から音楽専攻外の学部生まで入り交じってとてもやりにくいのだが、それについてはどう思うか」という問いが学生から出ましたが、「レベルにあわせた複数のクラスが組まれるべきだ」という答えがでたところで、学生の一人が「Yes!!」とささやいたのが聞こえました。

また、「20世紀音楽史にはどのような教科書を使うか」という質問が教授から出されたのですが、「20世紀には作曲家が多く文章を書いている。私はそのようなものを中心として授業を進めたい。教科書は特に特定のものを使おうとは思わない」と答えました。なるほど面白いことを考えているな、と私は思ったのでした。

学生との談笑の際には、論文指導の根本となるアドヴァイスを学生が尋ねました。女性教師は、まず自分のやっていることが本当に好きであることが大切だと言いました。なるほど、情熱がないと、確かに続きませんね。また、細部の細部までの楽曲分析をしてこそ、議論が生きてくるということもおっしゃっておりました。

三人目は、2、3年前にハーヴァードの博士課程を修了しPh. D. を獲得したフランス音楽、特にサティの専門家(こちらも女性)でした。アメリカ音楽が専門ということではなかったのですが、口頭発表の方は、それなりに好評で、配ったプリントがとても奇麗に作られていたのが印象的でした。私はフランス音楽には無知なので、とても勉強になりました。

ところが同僚から話を聞くと、午前中の学部生相手の授業はあまりうまくいかなかったそうで、授業途中に教室を去った学生がいたようです。さすがに当の先生も随分落ち込んでいたそうですが、いつもそのクラスを教えている別の同僚は、「あの生徒は、いつもはああいうことはしないんだけど、変ですね」みたいなことを言っていました。

学生との談笑では、アメリカの博士課程の学生で、論文を提出せずに大学を去っていく学生も多くいることを指摘。本当に書きたいと思わないのなら、別の道だっていくらでもあるんだから、ということをアドヴァイスとしていただきました。とても落ち着いた感じの人で、生徒の悩みに親身になって答えてくれそうだな、という印象でした。

で、結果なんですが、学生の投票は、最初の人は絶対だめという人が数人。そして残りの二人はどちらも良いが、特にアメリカ音楽についての熱心さとエネルギッシュなキャラクターから、2人目の人に人気が集まりました。教授の意見も、最初の男性以外のどちらかで、学生の評判も考慮に入れられました。最終的な決定権は音楽学部長に与えられましたが、予想通り2人目の先生となり、学生も大喜びでした。

実は、女性であることが人選にプラスに働いたという要因もありました。なぜなら、音楽学の先生に誰一人として女性がいなかったからです(歴史的音楽学3人、民族音楽学3人、すべて男性)。音楽理論の方では、すでに2人女性がいます。音楽学はバランスが悪いという指摘も、教授間であったそうです。今、アメリカで、女性とマイノリティは就職に有利に働くのではないか、という発言も先生の方からあったと記憶しております。しかし、実力がなければだめだとは思いますけれど…。その辺はちゃんとやってるはずです。

出身校については、学生の方からは、有名大学だから必ずいいという訳でもないんだ、という意見が聞かれました。1人目の先生はコロンビア大学で、教授の一人に同大学卒業がいたのですが、「同じ大学なのに、変だな〜」、みたいなことをこぼしておりました。2人目の先生はワシントン大学でしたが、それでもみなとても満足したようでした。3人目ハーヴァードの先生は、やはりまだ教える経験がなかったのか、授業についてしっかりとした基礎が必要とされたようでした。でも同僚には、アシスタントとして教えている人も多いので、特にその点を非難する人はいませんでした。

(98.6.12.追記)学生との談笑の時、2人目の先生とは、アイビーリーグの話題になりまして、もしもあなた位の実力の人でハーバードの人がいたら、きっとハーバードの人をとりますよね、という学生側の指摘がありました。日本の学閥ほどでもないんでしょうが、やはり有名校は有利ということはありそうです。

また、すべての先生がおっしゃっていたのは、私のいる大学は、論文のトピックが本当に多彩だということです。学生の方は、うちの先生は、学生のやりたいことをさせてくれるし、面倒も本当に良く見てくれると申しておりました。すると、3人は一様に、それは珍しいことだよ。宝物だね、というようなことをおっしゃっていました。アメリカの現状を垣間見たような気がしました。

私個人としては、2番目の先生は、研究範囲もアメリカ音楽内でとても幅広く、好奇心も旺盛でアグレッシブなので、ずっと一緒にいると疲れるかもしれないけれど、きっと面白いだろうという印象でした。3人目の先生は地道に自分の範囲をきちんとやる人、1人目の先生は自分のやりたいことを楽しくやっていくタイプの人だと思いました。

実は1人目の先生がいらっしゃったとき、ちょうど学生と先生とでデザート・パーティ(ケーキやプリンを味わうささやかな集い)があり、ちょっとお話しもさせていただきました。マニアックな感じではありましたが、僕はケージに興味があったので、それほど悪い印象はありませんでした。まぁ他の学生にとっては、それだけでは物足りなかったのでしょうか。

ということで、9月からいらっしゃる新しい先生は、アメリカ音楽専門なので、私も論文を書くときはお世話になる予定です。授業についてもとても熱心なようなので、ぜひモグリで聴講させていただこうと思っています。なにしろ、「まとも」なアメリカ音楽史の授業をまだ一度も受けていないので…。



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