音楽雑記帳(14)



ボストンのクラシック・ラジオ放送(1998.3.15.)



ボストンはボストン交響楽団の本拠地であり、ニューイングランド音楽院やその他の大学でも世界一流の演奏家による良質の演奏会が開かれているので、常に生のクラシック音楽に触れることはできる。ダウンタウンに出れば、バレエやオペラだってある。

しかし、忙しい時やお金のないときなどは、クラシック音楽を流すラジオ局も役に立つ。今回の音楽雑記帳は、ボストンにあるラジオ局でクラシック音楽を放送している所について書いてみたい。ただし筆者がボストンにいたのは、もう3年も前のことだから、事情は当時と比べて若干変わっているとは思う。

ボストンには、クラシックを流すFM局が3つある。24時間体制のWCRB、NPR(アメリカの公共放送)系列のWGBH(テレビ局も持つ)、そしてハーヴァード大学が独自にプログラムを組むWHRB(これは厳密にはボストンではなくてケンブリッジ)である。

まずはライブ放送についてご紹介しよう。ボストンでは毎日一つはライブ番組を流している(ボストン交響楽団以外はテープ収録)。内容はアメリカのオーケストラの演奏会が主で、曜日によって様々である。

(月)セント・ルイス交響楽団(WCRB)
(火)シカゴ交響楽団(WCRB)
(水)この日は季節によって変わるようだ。
   筆者がいたころはアメリカのオケではなく、ザルツブルグ音楽祭をやっていた。(WCRB)
(木)クリーヴランド管弦楽団(WCRB)
(金)サンフランシスコ交響楽団(WCRB)
   ボストン交響楽団(WGBH)
(土)ボストン交響楽団(WCRB)
   メトロポリタン歌劇場公演(WCRB)
(日)不定期にライブ放送がある。筆者がいたころはピッツバーグ交響楽団をやっていたり、タングルウッド音楽祭だったりした。

その他、WGBHがBoston Performancesという番組をやっていた。ボストン近郊の音楽家の紹介、ボストンを訪問した著名演奏家のインタビューやスタジオライブ、最近録音したコンサートのテープ(ただし上記オーケストラは入らない)などで構成されていた。(月〜金、午前11時〜1時)。

こちらのライブ放送でちょっと気になったのが、演奏終了後の拍手があまり長く放送されず、すぐにアナウンスが入ってしまうこと。NHKのライブ放送のように、長めの拍手から聴衆の反応を知るのがちょっと難しい。番組によってはアナウンサーが「指揮者がもう一度でてきました」とか「木管奏者を立たせました」とか、実況中継をしてくれる。これは人によっては会場の状況が分かっていいかもしれないが、うっとうしいと思う人もいるかもしれない。また、ヨーロッパのオーケストラは上記ザルツブルグ音楽祭以外、流れることはない。ましてやアジアのオケを聴くチャンスなどない。この辺りは、NHKのライブ放送がいかに優れているか、ということになるだろう。

またボストン以外の地域の室内楽や声楽のコンサートのライブがないのも気になる。NPRでは、Performance Todayという番組があり、そこから多少聴くことはできるが、この番組、ボストンではやっていなかった。

WCRBは24時間クラシックを流す局だと述べたが、昼の間はセミ・クラシックや小品を中心にプログラムされている。おそらくこの放送をBGMとして使う所が多いからではないかと推測している(実際筆者がお世話になったブルックリンの床屋さんは、いつもWCRBをかけていた)。深夜は交響曲や大曲も流れる。オペラは上記METのライブだけだ。

その他、WCRBの特色のある番組としては、土曜日の朝だったか、子供のためのクラシック番組というのがある。セミクラシックも含めた構成で、楽曲解説も作曲家の伝記等は省き、分かりやすく語りかけてくる。またジョン・ウィリアムズのインタビューがあったり、映画音楽特集があったりした(この時は「映画に使われたクラシック」というヤボな企画ではなくて、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「バットマン」などのサントラからの抜粋だった)。

WGBHではジャズとクラシック、そして音楽以外の番組も入った総合的な局だったと記憶しているが、筆者のいたころは、深夜は毎日20世紀音楽をやっていた。しかし、それもいつの間にか終わってしまった(これに関してはエピソード?があるのだが、それはまた違う機会に)。Boston Performances以外は、全てCDを流す番組であった。

ハーヴァード大学がやっているWHRBは、特にネットワークに入っておらず、独自でプログラムを組む。ライブ番組はないが、CDだけでなく、古いLPやSPもかかるので、目新しさだけではないというポリシーが感じられるプログラミングだ。番組の内容は、数ヵ月ごとに変わるが、筆者のいたころは、「20世紀のヴィオラ」、「20世紀の弦楽四重奏」、「管弦楽による舞曲」、「ヴィラ=ロボス」、「ロシアのピアノ音楽」、「詩人と歌曲」といった魅力ある番組を常に流していた。

また、大学が年末・春休み期間・夏休み直前になると、きまってオルジイ(Orgy)という番組が組まれる。これはクラシック、あるいはジャズの作曲家や音楽家のマラソン放送番組で、例えばブラームスの回では、24時間ぶっ続け、5日間に渡って、代表的作品が年代順に放送された。最後の方では、ブラームスの自作自演の録音(エジソン版のロール型レコード)という、珍しいものも放送された。ルチアーノ・ベリオの回では、ちょうどベリオがゲスト講師としてハーヴァードを訪れており、インタヴューも流れた。ジャズでは、ジョン・ゾーンの回がとても印象に残った。

このようなとても魅力的なWHRBにも弱点はある。それは6月から9月までのヴァケーションの間、ラジオ放送も中断されてしまうことだ。ダイヤルを合わせると、J. シュトラウスの<常動曲>をバックに、放送休止のお知らせがエンドレス・テープで流れるという有様だ。

残念ながら、大都市を離れた今は、これほどのものを聴く機会を失ってしまった。プログラムの大半はCDを簡単な紹介とともにかけるだけの番組だし、独自のプログラムというものが、そもそもないのである。しかしFM局がたくさんあるアメリカでは、番組の組み方に多少余裕があり、放送する曲の選択すべては、一定時間を当番制で担当するラジオDJに一任されている。

自国の作曲家を流す余裕も随分とあるようで、アメリカ音楽が好きな筆者にはとてもありがたい。毎日数曲は、必ず流れていると思う。

しかし一方で、国内のみならず、海外からも積極的にテープを借り続ける日本のNHKは、アメリカからみれば随分先進的だと思う。「20世紀ライブ」なんていう番組は、アメリカではまず無理だろう。また日本では、FM雑誌を買えば、いつどんな曲が放映され、音源提供先・CD番号まで分かるが、そういう雑誌のないアメリカのラジオ・プログラムは本当に分かりにくい。プログラム・ガイドは放送局が各々自分たちで作っているが、どこでも手に入る訳ではなく、わざわざ放送局に申し込まなければならないし、プログラムガイドの記述は大ざっぱで変更することもざらだから、その昔特定の曲をエア・チェックをしながらクラシックの知識を広めてきた筆者には、誠に辛いものがある。

いま日本はあちこちでコミュニティFM局なるものが流行しているそうだが、アメリカのクラシック音楽番組の在り方も、何かしら参考になるのではないかと思う。個性のある放送局がどんどんできると日本も面白くなってくるのではないだろうか。



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