モートン・グールドの音楽

作曲者と生前交流のあったあるジャーナリストが、初のグールド伝記を出版した。この中に流れる一つのテーマは、モートン・グールドは、自分がエリオット・カーターのようなシリアスな作曲家として見てもらえないことに常に不満を持っていたということだった。というのも、世間では《ラテン・アメリカン・シンフォニエッタ》や《アメリカン・サリュート》(これは本の名前にもなっているが)が彼の代表作として考えられているからだ。でも名前が没後も知られていること、そして式典などで《アメリカン・サリュート》が繰り返し演奏されていることだけでも、作曲家としては充分に大成功したと思うし、それほど「ゲイジュツ」にこだわる必要もないように思えるのだが。その辺りは、当の本人にしか分からない複雑な心の問題だったのかもしれない。《プリズム》や《ホロコースト》、《ジキルとハイド変奏曲》は、いい作品ではあるが。

モートン・グールド:ジキルとハイド変奏曲、フォール・リヴァーの伝説 (バレエ全曲)
ケネス・シャーマーホーン指揮ナッシュヴィル交響楽団
Naxos 8.559242
Naxos Music Library→ http://ml.naxos.jp/work/103152

《アメリカン・サリュート》など親しみやすい管弦楽曲で有名なグールドは、もっと本格的なクラシックの作曲家になる野心を抱いていた。《ジキルとハイド変奏曲》はそんなグールドの自信作だったが、ムード音楽で築いてきたキャリアが逆風となり、初演の評判は芳しくなかった。二重人格を題材にしたスチーブンソンの小説に基づいたこの作品、実際は二つの楽想を明確に対比させるよりも、変奏曲という枠組みの中で音色やダイナミクスを縦横に使いながら展開する「管弦楽のための協奏曲」といった雰囲気が濃厚だ。58年のモノラルLPではここまでの面白さは伝わってこない。19世紀末に起こった未解決の殺人事件の容疑者リジー・ボーデンの半生をバレエにした《フォール・リヴァーの伝説》全曲はローゼンストック盤 (アルバニー)に比べると幾分慎重な演奏。しかし古き良きアメリカの雰囲気と、そこに育つことになった殺人犯の微妙な心理的変貌が、ほどよく捉えられている。【録音】2004年12月 (2006年3月、NMLリンク追加 2015.2.13.)

ラテンアメリカン・シンフォニエッタ
モートン・グールド指揮ロンドン交響楽団
米Citadel CTD 88130l
カップリング:グールド/行進曲の旋律による 交 響曲から<クイックステップ>、《フォール・リヴァー・レジェンド》、《祝祭的音楽》、
《自由のファンファーレ》、映画『大西洋二万哩』からメイン・テーマ)、ヒナステラ/バレエ組曲《エスタンシア》

 やはりこの作品を聴くなら、指揮者としての経験も豊富な、作曲者のグールド指揮の演奏が良いのではないだろうか。鳴りのよいロンドン響だが、スイング感もはっきりしていて気持ちがよい。また、この盤では《ラテン・アメリカン・シンフォニエッタ》以外にもグールド作品が収録されている。(02.6.5.)
ラテンアメリカン・シンフォニエッタ
フェリックス・スラトキン指揮ハリウッド・ボウル交響楽団
米Pickwick SPC-4044 (LP)
Warner Classics-Parlophone 5099960669155
Naxos Music Library→http://ml.naxos.jp/work/1345738
スラトキン LP ジャケット クリアなオーケストラの響き。クラシックにもポピュラーにも通じていると感じさせるのはさすがというところか。第2楽章<タンゴ>は、ケレン味たっぷりに聞かせる。サキソフォンの音が前面に出てくるのも面白い。同時収録のガーシュイン(ロバート・ラッセル・ベネット編)の《ポーギーとベス:交響的絵画》 (Naxos Music Library→http://ml.naxos.jp/work/1345737) にしてもフットワークは軽く、それでいてパワフルだ。(01.12.8.、02.6.1.訂正、15.3.17. 改訂・NMLリンク追加)
ラテンアメリカン・シンフォニエッタ
ハワード・ハンソン指揮イーストマン・ロチェスター交響楽団
米マーキュリー MG 50075(LP)
Naxos Music Library→ http://ml.naxos.jp/work/220928

諸々のフレージングやリズムの感じ方には「交響楽団らしさ」を感じるところもあるが、ラテンの味わいも考慮に入れた、といったスタンスに聞こえる。まずは米Citadelレーベルから出ている自演盤から聴きたい。よりラテンでシンフォニックだ、と平凡にその良さを述べることができる。(01.3.7.、01.12.8.改訂、NMLリンク追加 2015.2.13.)

タップダンス協奏曲
ダニー・ダニエルズ(タップ・ダンス)、モートン・グールド指揮ロチェ スター・ポップス管弦楽団
米Columbia ML 2214(10インチ)
カップリング:《家族のアルバム》
グールド 10インチ ジャケット
世 の中に存在するいろいろな協奏曲の中で珍品といえば、やはりこのタップダンサーをソリストにしたこのタップダンス協奏曲が筆頭に挙げられるのではないだろうか。打楽器協奏曲やティンパニー協奏曲というのもあるだろうから、その延長線上に打楽器(?)としてタップ・ダンスが出てきても不思議ではないということになるのかもしれないが、そのタップ・ダンスの音としての難しさは音色的な多彩さに欠けるということだろう。4つある楽章のうち、第1楽章はアップ・テンポで楽しいのだが、第2楽章以降は、ネタが続きにくいという印象を持った(靴底を擦る音は、それなりに新鮮に聞こえたのだが)。

2種類ある音源のうち、この10インチ盤は古いモノラル録音なのだが、低音が良く録音されていて、聴きごたえがある。元気なオーケストラも気持ちが良いし、第1楽章のタップのカデンツァは音だけでもかなり楽しめる。(02.6.5.、 02.6.6.改訂、02.6.7.訂正、15.2.13. 訂正)
タップダンス協奏曲
レーン・ アレキサンダー(タップ・ダンス)、ポール・フリーマン指揮チェコ国立交響楽団 
カナダTintagel Audio 0420(アルバム Visions Volume 1
カップリ ング:ジェームズ・ガードナー/《Diva!ための一シーン》、ラルフ・ラッセル/管弦楽のための《エッセイ第2番》、
ロバート・ロンバルド/《アリア・ヴァリアータ》。

さすがに自演盤は入手が困難。現在はこちらのCDが入手できる。緩徐楽章のタップは、やはりLP特有のノイズがない方が聴きやすい。自演盤に比較すると録音が軽めだとか、オケにもうちょっと迫力がほしいとか、第1楽章のカデンツァがちょっと短かめで物足りないとか、どうしても気になることはある。ポップス・オーケストラの方が、リズムがこなれている感じもする。しかしこのCDの場合、フリーマンの品の良いオーケストラ演奏により、作品のクラシックな側面に光が当たっているいるようにも思う。録音も、この盤の方が現実的なのかもしれない。

カップリング曲の中では、ガードナー作曲の「コンサート・アリア」が一番聴けると思った。

このCDも、残念ながら現在は入手が困難のようだ。(02.6.5.、02.6.6.、03.7.17.、2011.8.31.追記)
タップダンス協奏曲
レーン・アレキサンダー(タップ・ダンス)、 ポール・フリーマン指揮チェコ国立交響楽団
Albany TROY 521 ( アルバム Exotic Concertos)
Naxos Music Library→ http://ml.naxos.jp/work/202987

カッ プリング:Ricardo Lorenz/マラカス協奏曲、Jan Bach/スチールパン協奏曲


 Albanyからアレキサンダー/フリーマンの演奏が再発売された(アルバム「Exotic Concertos」米Albany TROY 521)。このCDには、Ricardo Lorenzという人のマラカス協奏曲、Jan Bachのスチールパン協奏曲もカップリングされている。このスチールパンというのは、どうやらカリビアンのスチール・ドラムのバンドで使われる、ソプラノのドラムの叩く部分のことを指しているようだ。マラカス交響曲はグールド作品に比べると、ちょっと語法が新しめ。ネタとしては面白いのかも(02.11.15.追記)。

しかしタップダンス協奏曲にしても、ちょっと演奏が冷めた感じがして、そこが気になるところではある。やはり自演盤CD化を望みたい。(04.7.25. 改訂、2015.2.13. NMLリンク追加)

M. グールド:アメリカン・コンチェルテット第1番/カウボーイ狂詩曲/ニュー・チャイナ・マーチ/レッド・カヴァルリー(グールド)(1945-1947)
Naxos Classical Archives 9.80841
 Naxos Musivc Library→ http://ml.naxos.jp/album/9.80841

Naxos Classical Archives 9.80841 もともとは米Columbiaのモノラル録音。CDにはなっていない。状態の良いLPはみつけにくいと思うので、ナクソス・ミュージック・ライブラリーで聴けるのはありがたい。

《アメリカン・サリュート》は、南北戦争時の愛唱歌《ジョニーが凱旋するとき》を使った管弦楽作品として、建国記念日のコンサートやラジオ放送で聴かれると思う。モートン・グールド作品の中ではもっとも有名なもののうちの一つではあるが、意外に指揮者としても才能のあるモートン・グールド自身による演奏は、このモノラル録音が唯一のものだったはずだ。個人的にはアーサー・フィードラーとボストン・ポップスのものが好きかもしれない。

そのほか、吹奏楽編曲で有名な《カウボーイ狂詩曲》のオリジナル録音も、これが唯一だし、《ニュー・チャイナ・マーチ》や《レッド・カヴァルリー》の録音も珍しい (2014.8.25)。


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