モートン・グールド (1913-1996) の音楽


作曲者と生前交流のあったあるジャーナリストが、初のグールド伝記を出版した。この中に流れる一つのテーマは、モートン・グールドは、自分がエリオット・カーターのようなシリアスな作曲家として見てもらえないことに常に不満を持っていたということだった。というのも、世間では《ラテン・アメリカン・シンフォネット》や《アメリカン・サリュート》(これは本の名前にもなっているが)が彼の代表作として考えられているからだ。でも名前が没後も知られていること、そして式典などで《アメリカン・サリュート》が繰り返し演奏されていることだけでも、作曲家としては充分に大成功したと思うし、それほど「ゲイジュツ」にこだわる必要もないように思えるのだが。その辺りは、当の本人にしか分からない複雑な心の問題だったのかもしれない。《プリズム》や《ホロコースト》、《ジキルとハイド変奏曲》は、いい作品ではあるが (2020-05-23 一部訂正)。


《アメリカン・シンフォネット American Symphonette》第1番 (1933)

「アメリカン・シンフォネット」という作品は4つあるが、その口火を切ったのがこの作品。当時グールドはニューヨークの百貨店Macy's によって運営されていた小さなラジオ局WORにおいて『今日の音楽 Music Today』という番組の音楽監督、指揮、作曲を担当しており、それまでのラジオでの経験を活かして、ポピュラー音楽の要素をクラシックのコンサート作品に施して発表した。「シンフォネット」というのは、おそらく小さな交響曲という《シンフォニエッタ》をアメリカ風にしたものだろうか。簡易キッチンを「キチネット kitchnette」、小食堂を「ディネット dinette」というらしいのだが、それらにヒントを得たのではないかとも言われている。おそらくこれらの言葉同様、その後、急速に流行遅れになった言葉なのだろう。ところで《アメリカン・シンフォネット》のうち、この第1番の音源というのが意外になく、一度聴きたいと思っている。 (2020-05-23、2023年4月30日訂正)

その後、ラジオ放送のトランスクリプションらしき音源で第1楽章だけ聴くことができた (→ Music of Morton Gould From The Archives) (2023年4月30日 この段落追加)。


《コラールとフーガ・イン・ジャズ Chorale and Fugue in Jazz》(1933)
Naxos Music Library→全曲
Spotify→コラールフーガ
YouTubeリンク→コラールフーガ

2台のピアノとオーケストラのための作品。1936年1月2日レオポルド・ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団によって初演された。なぜか冒頭を聴いて、ロドリーゴの《アランフェス協奏曲》第2楽章を思いだしてしまった。時代的にジャズはスウィング時代に入りつつあったので、こういった作品に、どのくらい真新しさがあったのか疑問ではあるが、クラシック愛好家が楽しむには良い感じだったのかもしれない。ただフーガは大変な力作だ。こんな旋律から、がっちりとした対位法楽曲を組むあたり、グールドの作曲技術技術が確かなものであることを感じさせる。ディスクはデヴィッド・アラン・ミラー指揮オールバニー交響楽団のものがある。 (2020-05-23)


《アメリカン・シンフォネット第2番 American Symphonette No. 2》(1935)

いわゆる「ライト・クラシック」の名曲として、特に第2楽章の<パヴァーヌ Pavanne>が有名で、独立して演奏されることもある。第1楽章はスイングのリズムに合わせて、冒頭の動機が何度も展開される。ポップス・コンサートのスターターに適している。有名な第2楽章は、冒頭に現われるミュート・トランペットの旋律が特に親しまれているようだ。伴奏をつとめるファゴットは、特別スイングのリズムを刻んでいるわけではないが、三連符とスキップするリズムがジャズ色を濃くする。題名にある「アメリカ」は北米のことなのだろう。 第3楽章はチャールストン風なリズム型が支配的。しかしクラシックっぽいがっちりしたリズム型やスイングも混ざってくる。(2002-02-05、2020-05-23改訂)

ケネス・クラーク指揮ロンドン交響楽団 (米Albany TROY 202) の盤はEMIの音源で、追悼盤としてリリースされたもの。ロンドン交響楽団は明るい音色のオーケストラだが、ややジャズ的なノリに欠けるところもある。(2002-02-05、2020-05-23改訂)


ピアノ協奏曲 (1938)

調査中。

《ソナティナ Sonatina》 (1938)

4つの短い楽章 (I. Modeerately fast - spirited, II. Spiritual, III. Minuet, IV. Finale - very fast, with vigor) からなる全曲約10分のピアノ独奏曲。オーケストラのために《アメリカン・シンフォネット》のエッセンスを凝縮したような作品といえるかもしれない。第2楽章の<霊歌 Spiritual>というのは「黒人霊歌」のことなのだろうか? 全然アフリカ系アメリカ人の感じがしなかった。ちなみにこの作品、『ニューグローヴ』の作品表には見当たらなかったような気がしたのだが、どうなのだろう。録音はミルトン・ケーン (Milton Kaye) のアルバム『アメリカの花束 An American Banquet』に収録されている。カップリング曲はロバート・ラッセル・ベネットの《ソナティナ第2番》とマクダウェル《森のスケッチ》である (Golden Crest CRDG-4195 [レコード])。個人的にはベネット作品が楽しめた。(2020-05-25)

《フォスター・ギャラリー Foster Gallery》(1939)
Spotify →第1楽章<草競馬>

1940年1月12日、フリッツ・ライナー指揮ピッツバーグ交響楽団によって初演された。有名無名のフォスター歌曲の多くを使ったオーケストラ作品。モートン・グールドには「〜ギャラリー」というタイトルの作品がいくつかあるが、これはその最も古い作品ではないだろうか。(2020-05-23)


《ラテン・アメリカン・シンフォネット (《アメリカン・シンフォネット American Symphonette》第4番)》 (1940)

1941年2月21日、ニューヨークで初演。4楽章形式で、各楽章は<ルンバ><タンゴ><ワラチャ><コンガ>。後にサンフランス・バレエ団にて《パランダ》の音楽として使われている。

ディスクは多くある。まずモートン・グールド指揮ロンドン交響楽団 (米Citadel)。や はりこの作品を聴くなら、指揮者としての経験も豊富な、作曲者のグールド指揮の演奏が良いのではないだろうか。鳴りのよいロンドン響だが、スイング感も はっきりしていて気持ちがよい。また、この盤では《ラテン・アメリカン・シンフォニエッタ》以外にもグールド作品が収録されている(行進曲の旋律による交 響曲から<クイックステップ>、《フォール・リヴァー・レジェンド》、《祝祭的音楽》、《自由のファンファーレ》、映画『大西洋二万哩』からメイン・テー マ)。また、ヒナステラのバレエ組曲《エスタンシア》も収録されている。(2002-06-05執筆、2020-05-23改訂)

フェリックス・スラトキン指揮ハリウッド・ボウル交響楽団の演奏 (→Naxos Music Library) では、最終楽章のコンガのリズムが通常聴かれるのと違ったように思ったが気のせいだろうか。個人的には、同時収録のガーシュイン(ラッセル=ベネット編)の《ポーギーとベス:交響的絵画》の方が好きだ。(01.12.8.、02.6.1.訂正)

ハワード・ハンソン指揮イーストマン・ロチェスター交響楽団の演奏 (→Naxos Music Library) では、諸々のフレージングやリズムの感じ方には「交響楽団らしさ」を感じるところもあるが、ラテンの味わいも考慮に入れた、といったスタンスに聞こえる。まずは米Citadelレーベルから出ている自演盤から聴きたい。よりラテンでシンフォニックだ、と平凡にその良さを述べることができる。(01.3.7.、01.12.8.改訂)


前奏曲とトッカータ Prelude and Toccata (1945)

グールド作品の中ではシリアスな性格のもの。トッカータはメカニカルな反復の中にブギウギを感ずる音型が散りばめられ、それが自在に展開していく。技巧的にはなかなかの難易度ではないだろうか。YouTubeにシューラ・チェルカスキーによる演奏があった。迫力のあるトッカータが聴ける。(2020-05-23)


タップダンサーと管弦楽のための協奏曲 Tap Dance Concerto (1952)

世の中に存在するいろいろな協奏曲の中で珍品といえば、やはりこのタップダンサーをソリストにしたこのタップダンス協奏曲が筆頭に挙げられるのではないだろうか。打楽器協奏曲やティンパニー協奏曲というのもあるだろうから、その延長線上に打楽器(?)としてタップ・ダンスが出てきても不思議ではないということになるのかもしれないが、そのタップ・ダンスの音としての難しさは音色的な多彩さに欠けるということだろう。4つある楽章のうち、第1楽章はアップ・テンポで楽しいのだが、第2楽章以降は、ネタが続きにくいという印象を持った(靴底を擦る音は、それなりに新鮮に聞こえたのだが)。

珍しい作品であり、LP時代は自演盤のみ発売されていいた。自演盤の10インチ盤は古いモノラル録音だが、低音が良く録音されていて、聴きごたえがある(もしかするとミキサールームで調整してあるのかもしれないが)。元気なオーケストラも気持ちが良いし、第1楽章のタップのカデンツァは音だけでもかなり楽しめる。裏面は《家族のアルバム》という組曲。(202-06-05、2002-06-06改訂、20020-06-07訂正、2020-05-23編集)

なおYouTubeにも同音源らしきものがあった。(2023-08-10追記)

CDでは、レーン・アレキサンダー(タップ・ダンス)、ポール・フリーマン指揮チェコ国立交響楽団のが、とりあえず入手可能。緩徐楽章のタップは、やはりLP特有のノイズがない方が聴きやすい。自演盤に比較すると録音が軽めだとか、オケにもうちょっと迫力がほしいとか、第1楽章のカデンツァがちょっと短かめで物足りないとか、どうしても気になることはある。ポップス・オーケストラの方が、リズムがこなれている感じもする。しかしこのCDの場合、フリーマンの品の良いオーケストラ演奏により、作品のクラシックな側面に光が当たっているいるようにも思う。録音も、この盤の方が現実的なのかもしれない。とはいうものの、個人的には、やはり自演盤の圧倒的な演奏を聴かないと、作品の真価は分からないような気がする。

この音源だが、最初は『Visions Volume 1』というアルバム (カナダTintagel Audio 0420) に収録されていた。カップリングはは、ジェームズ・ガードナー/《Diva!ための一シーン》、ラルフ・ラッセル/管弦楽のための《エッセイ第2番》、ロバート・ロンバルド/《アリア・ヴァリアータ》。筆者個人はガードナー作曲の「コンサート・アリア」が、3曲の中では一番聴けると思った。(2002-06-05執筆、2002-06-06.、2003-07-17、2020-05-23改訂)。

その後《タップダンス協奏曲》の音源は、Albanyの『Exotic Concertos』(米Albany TROY 521) に収録されて再発売。このCDには、Ricardo Lorenzという人のマラカス協奏曲、Jan Bachのスチールパン協奏曲もカップリングされている。このスチールパンというのは、どうやらカリビアンのスチール・ドラムのバンドで使われる、ソプラノのドラムの叩く部分のことを指しているようだ。マラカス交響曲はグールド作品に比べると、ちょっと語法が新しめ。ネタとしては面白いのかも。(2002-06-05執筆、2002-06-06、2003-07-17、2020-05-23改訂)


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