リチャード・ダニエルプアの作品

アメ リカン・レクイエム
ステファニー・ブリス(メゾ・ソプラノ)、ヒュー・スミス(テノール)、マーク・オズワルド(バリトン)、
カール・セントクレア指揮パシフィック合唱団、パシフィック交響楽団 
米Reference Recordings RR-97CD
CDを見た時、私は直感的に思った。「ついに9・11をネタにしたクラシックの作品までできるようになったのか」と。作曲者ダニエル プアには大変申し訳ないのだが、そこには、いかにも時流に乗った、売るための作品なのではないかという卑しい心持ちがあった。何しろCDケースの裏側に は、「2001年9月11日の悲劇的な出来事で亡くなった方々の霊に捧げる」とあるのだ。

しかしそれは筆者の誤解だったようだ。作曲を始めたのは2000年の9月22日であり(アイディア自体はさらに2年ほど遡る)、作品の 献呈は初演(2001年11月14日)前に印刷譜のゲラ刷り(本格的な印刷に入る前に、最終的なチェックと編集をするための草稿)が届けられた日になされ たのだという。しかもそのゲラが届いた日に連続テロが起き、献呈先が自然に決まったとのこと。つまり作品は連続テロの前に仕上げられたものであり、本来は アメリカの歴史の中で息絶えていった兵士たちに捧げるために書かれたものなのである。

歌詞の方は通常のミサ曲同様、カトリックのレクイエムで使われるラテン語の祈祷文が使われ、それらは合唱によって歌われる。それに呼応 するかのようにソリストは英語の詩を挟んでいる。選ばれたのはホイットマン、エマーソンなど。おそらくこの詩の選択に、ダニエルプアの感情が投影されてい るのだろう。

作風は、これまでのダニエルプアよりも調性的に聞こえる部分がより多くなっているように思う。時々無調の要素が加わった調性音楽といっ た感じがしっくりくる。《ベネディクトゥス》の部分などを聴くと、これまた直感的に「映画音楽」という言葉が浮かぶ。ここにも「売るための」というネガ ティブな気持ちがある(商業音楽にも芸術的な要素のあることは明々白々であるが)。映画音楽自体を見下そうとしている訳でもないのに、その音楽語法がクラ シックの文脈に聴かれると、ついそういう気持ちになってしまう。調性で書く作曲家にとっては、これはハンデにさえなるのではないかとさえ思った。もちろん これは、筆者自身の視野の狭さの問題に違いない。

一方この《アメリカン・レクイエム》は、これまでのダニエルプアの作品に比べれば、作者の実感のこもった、真摯な作品とも考えられる。 歌詞が分かれば、より意味がある作品として迫ってくるかもしれない。録音も良い。機会があれば、ぜひお聴きいただきたい。(02.5.24.)

 
管弦楽のための協奏曲
アニマ・ムンディ
デヴィッド・ジンマン指揮ピッツバーグ交響楽団
Sony Classical SK 62822
管弦楽のための協奏曲の前半楽章は、打楽器がパワフルにリズムを刻む、土俗的味わいのある音楽。第3楽章は、これと対照的に静寂の中 に映し出されるヴェールを思わせる弦楽が印象的だが、中間部は《春の祭典》の盛り上がりを思わせながら、大オーケストラの迫力を聴かせている。 (07.2.18.) 。



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