ジョン・ケージ:4分33秒

CD情報は、楽曲解説のあとにあります。

ジョン・ケージの<4分33秒>は、20世紀音楽界に大きな波紋を投げかけた作品です。簡単に言ってしまえば、4分33秒の間、舞台上の演奏者は何も音をださないという作品です(もともとはピアニストのために書かれていますが、どのような楽器でも演奏可能です!)。全体は3つの楽章から成り立っており、それぞれの楽章はピアノの蓋(ふた)を開け閉めすることによって示されます(これは初演の時の演奏方法でした。あとで述べます)。特別な演奏技術がなくても、楽器さえあれば演奏可能な作品です(ひょっとして声楽曲としても演奏可能なのかもしれませんが、楽章の区別をどうやってはっきりさせるのか、考えなければいけませんね)。

これが音楽作品として成立しているのは、

(1)「音」を作品の素材として使っていること(演奏家が音を出さなくても、その他多くの種類の「音」が演奏会場内に充満しているという理屈)、

(2)時間枠があらかじめ決定されていること(どのような長さでも、演奏に始まりと終りがあればそこには時間枠があり、音はあくまでもその枠の中に作品として切り取られているということ)、

(3)<4分33秒>が作品であるであることが作曲者によって明確に掲げられていること、

という理由づけがあるからでしょう。

作曲の経緯を述べてみますと、まず作曲家ケージは、1948年に<沈黙の演奏家>という作品を構想していました。ケージの言葉を引用すると、

例えば私には、多くの新しい願望がある(そのうちの2つは馬鹿げて見 えるかもしれない、しかし私は真剣だ):まず、遮られない沈黙の作品を 作り、それをミューザック株式会社に売りつけること。その作品は4分半 にする--これは「缶詰め」音楽の標準的長さだからだ。そして作品の題名 は<沈黙の演奏家>にする。私はその作品を、花の色や形、香り程に魅惑 的にするつもりだ。そして作品は関知されないようにして終わる。

この発言の中で重要なのは、ケージがあらかじめ作品の長さを、漠然としてではありますが、4分半と決めていたということでしょう。これは偶然の産物ではなく、コンセプトとしてすでに存在していた長さなのです。また、この発言からケージには、従来の「美しい、耳に心地よい」音楽に懐疑を呈する意図があったように思われます(「ミューザック」は、BGMを本格的に商業用に導入した会社です)。ですから、最終的にでき上がった作品が、人によっては屁理屈でできた非音楽作品と見えるかもしれませんが、創作の発端には極めて音楽的な意図があったといえます。

1952年8月29日、ニューヨーク州ウッドストックにあるマーヴェリック・ホールにおいて、ピアニストのデヴィッド・チュードアがこの作品を初演しました。この時、曲はすでに3つの楽章に分かれており、演奏時間はそれぞれ33秒、2分40秒、1分20秒だったそうです。その3つの楽章はピアノの蓋の開け閉めの行為によって明らかにされました(ステージ上でピアノの蓋は開いたままになっているので、それを閉じることが開始の合図になる、各楽章の終わりには蓋をもう一度開く)。

98.5.28追記:初演時のプログラムは以下のように書かれたらしいです!

4 pieces....................John Cage
  4'33"
   30"
    2'23"
     1'40"

これだと<4分33秒>は4楽章作品の内の第1楽章になってしまいます。しかしこれはプログラムを作ったタイピストの勘違いということが真相のようです (William Fetterman, John Cage's Theatre Pieces: Notations and Performances. Australia: Harwood Academic Publishers, 1996)。

<4分33秒>の楽譜についてですが、残念ながらチュードアが初演時に使用した第1稿は失われてしまったようです。しかし初演後、アーウィン・クレーマンという人のためにグラフィックな「定量記譜法」による楽譜が製作されました(クレーマンの28歳の誕生日プレゼントだったそうです)。

この1952年8月、ニューヨークで完成された楽譜においては、空白によって各部分の演奏時間が表示され(7インチ= 56秒)、3つの部分の時間は固定した長さ(30秒、2分23秒、1分40秒)だったそうです(各部分の区切りには線が引いてあったと記憶しております)。

これらの長さは、初演に先だって決められたようですが、どうやら短い単位の時間を易によって作り、それを付加することによってでき上がったらしいです。上記にあげた初演時の時間は、プログラムに記載された時間やクレーマン版の楽譜の時間とは違うようですが、おそらく初演時になされた楽章の区切りがきっちり楽譜通りでなかったということは、充分有り得ると思います。

なおこのクレーマン版の楽譜はかつては現代音楽の雑誌『Source』(Issue No. 2, 1967)にも載せられ、後に、ぺータース社からNo. 6777aとして出版もされされたようです。しかし『Source』の版は、楽譜の大きさが雑誌のサイズのために変更されていること、白紙の1ページ(長い音楽的沈黙の部分)が抜け落ちていることなどから、適切な掲載とは言えなかったようです。

同じペータース社からの出版でも、1960年出版の版では、3つの部分の長さは自由になり、作曲者の 作った構成が否定されました。一般に知られている楽譜はこちらの方で、「第1楽章 休止(Tacet)、第2楽章 休止、第3楽章 休止」とすべて言葉で書かれています(ぺータースのNo. 6777)。こちらが、世間一般にしられている<4分33秒>の楽譜でしょうか。

以上、ケージの研究書、James Pritchettの "The Music of John Cage" (Cambridge University Press, 1983)、Irwin Kremenの「Silence」(ケージ関連のメーリング・リスト)での発言、その他を参考にしました。

この作品の長さですが、「4分33秒」を秒換算すると273秒となり、これがいわゆる絶対零度(摂氏-273度)と関連づけられることがあります。しかしこれには懐疑的にならざるを得ません。以下は、「Silence」に掲載されたブライアン・レイターによる記事の翻訳です。

From: Brian Raiter
Date: Mon, 4 Nov 1996 07:40:31 -0800 (PST)
Subject: Re: *4'33"* and 0 K

私の持っている唯一の資料は、マーティン・ガーディナーによるものだ。彼は『サイエンティフィック・アメリカン』誌の「数学ゲーム」のコラム(無題)でこの問題について言及している。このコラムはKnopf社から1977年に出版された『数学によるマジック・ショー』に掲載されている(最近アメリカ数学協会によって1989年にリプリントされたが、良質の大学図書館ならオリジナルの本を持っているだろう)。問題の箇所は次の通り:

「沈黙の時間は273秒だ。これは、ケージが説明してくれたように、摂氏-273度または絶対零度である。これはあらゆる分子運動が静かに止まる温度である。」

この資料から得られることは、ケージがこのことを当初から考えていたとか、気付いていたとか言うことを明かすものでは全くない。ケージは多くの機会で<4分33秒>の長さは易によって決定したと言っているので、私は、ケージの関連づけは事後発見された(あるいは誰かによって指摘されたと言う方がもっともらしい)偶然の出来事であったと思う。

また、ジョセフ・ジットは次のように言っております。

From: "Joseph Zitt"
Date: Mon, 4 Nov 1996 08:59:15 +0000
Subject: Re: *4'33"* and 0oK

私はおぼろげにあるインタビューのことを思い出した。そこで誰かがケージに初めて 絶対零度との関連性を指摘し、ケージがその発言に驚いていたのだ。

これらの発言から、やはり<4分33秒>と絶対零度との関連は眉唾ものなのではないかと察します。筆者の経験からすると、アメリカ人は普段の生活において温度を華氏で見るので、ケージが作曲した際、科学実験などをやる時にしか使わない摂氏をわざわざ作品の概念に援用したかどいうか、疑問に思うということもあります。

Cramps Recordsの演奏(伊クランプス CRSCD 101)は、初演の演奏方法が尊重され、3つの部分がピアノの蓋の開け閉めの音によって分けられています。その他は純粋な沈黙になっております。

この他、アマディンダ・パーカッション・アンサンブルがHungarotonに同曲を演奏しております。自然の音風景が編集されて収められているもので、とても恣意的だと思いました。効果音を聴いているといった感じです。

フランスの作曲家リュク・フェラーリの<ほとんど何もなし>第1番というミュージック・コンクレート作品の方が成功していると思います。

また、<4分33秒>のみを収めたCDも発売されたようですが、さすがに筆者は購入しておりません。聴かれた方のコメントをお待ちしております。(1998)

(98.5.28.追記)江角明夫さんが、このCDを買われました! おきあきおの音楽鑑賞記 から'98 CD鑑賞記  その1 :ジョン・ケージ (Jhon Cage) 4’33”をお読みください。



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