2006年4月29日
[Article/CD/Web] フェルドマン/モリコーネ/戦争のつくりかた
Kyle Gunn, "Where Minimal and Maximal Meet," The New York Times 17 February 2002, Arts & Leisure section, part 2, pages 36 and 39.
掲載当時、「ああ、ようやくフェルドマンも『ニューヨーク・タイムズ』の記事で大きく取り上げられるんだなあ」と感動した記事でした。アンサンブル・アイヴズによるフェルドマンの弦楽四重奏曲第2番のCD [Hat] がリリースされた時に書かれた長めの記事です。タイトルがいかにも人目を引きそうなもので、とりあえず保存はしたものの本文は読んでなかったです (^_^;; いちいちライヒなんかに言及しなくても、と思うんですが、良く書けていると思います (←エラソー) 。クロノスSQが4時間に短縮して同曲を演奏し、遂には演奏することすらも拒んでしまったというのは知らなかったです (^_^;;
エンニオ・モリコーネ 『続 夕陽のガンマン』 (OST) 伊EMI GDM 0156982.→アマゾンでチェック
アメリカに行くまでは映画というものにあまり関心がなかったんですが、「図書館でビデオが無料で借りられるんだし、アメリカにいるんだから」、という消極的な理由でいくつか映画を観ることがありました (おかげで黒澤・溝口映画にも出会ったんですが) 。「マカロニ・ウエスタン」という言葉は知っていましたけれど、実際に作品を観たのはこれが初めてだったと思います。メイン・タイトルに現れる雄叫びのような奇妙なモティーフはマックの警告音ライブラリーに入っていたためかなぜか映画を観る前から知っていて、その警告音がなぜ「Good, Bad, Ugly」という名前なのかを映画本体を観て知りました。
『続 夕陽のガンマン』は、やはり音楽が強烈でした。特に《黄金のエクスタシー》というトラック。サントラを手にして、「あのカメラのぐるぐる回る場面の音楽を」と必死に探してこれだということを発見しました。ネット・サーフィンすると、やはりこれは有名なトラックなのですね。いやはや、体がブルブルしましたよ。意外だったのは、音楽のテンポがそれほど速くなかったことでしょうか。必死になっている場面で、回転の映像はすごく速く感じられたのですが、案外その視覚情報につられてしまったのかもしれませんね。
こういうオーケストレーションや、アドリブをきかせたフレーズの入れ方というのは、ちょっと特異な感じさえします。どうやったらこういう音の組み合わせが浮かぶのか、全く見当がつきません。そしてアメリカのウエスタンの音楽がいかに型にはまっているのかということも実感させてくれます (もっとも馬のギャロッピング・リズムははずせませんけどね) 。Dドリアンってカッコいい!
《黄金のエクスタシー》以外の曲も含めて、映画から離れてサントラだけを聴いても、充分面白いCDだと思いました。最近リリースされた『荒野の用心棒』特別版 (GDMレーベル、GDM 2066) とともに、モリコーネの素晴らしさを満喫できるディスクです。
『戦争のつくりかた』という、ある意味衝撃的な絵本のウェブ版を読みました。自衛隊がイラクに派遣され、その先にどういうものが出現するか、その可能性を直視する内容だと思います。
ちなみに「政府が、戦争するとか、戦争するかもしれない、と決めると、テレビや新聞やラジオは、政府が発表したとおりのことを言うようになります。」というのは、すでにアメリカで体験したように思います。学校の先生とも「今のメディアはおかしい」ということを話したことがありましたから。
投稿者 cs3daime : 21:35 | コメント (0)
2006年4月25日
[Misc.] 引き続き
ここ数日、たくさんのクレストン音源・資料に囲まれながら、あたふた、あたふたしております。また、モートン・フェルドマンの弦楽四重奏曲第1番のCD (Naxos) を聴きながら、なるがままに書くだけでこんな美しい作品が書けてしまう彼の才能に溜息がでてしまいます。 実はKoch International盤もアメリカで買っておりました。Naxosとの違いですが、Naxosのライナー・ノートは「現代音楽グループ』の音楽監督が書いた文章が省略されていること、Kochのにはindexが10分ごとに入れられているそうですが、すくなくともNaxosのブックレットにはそれについての言及がないことでしょうか。一方Naxos盤にはライナーのドイツ語訳が掲載されています。
ディズニー・アニメ『王様の剣』のソング・アルバム (Disneyland LP) が届きました。シャーマン兄弟が初挑戦したアニメ作品でした。未使用曲も1曲収録されています (DVD特典映像ではこの曲を歌おうとして思い出せないという場面もありましたね) 。残念ながら、ディズニーといえども、マイナーな作品のサントラってあんまりないんですよね 。
読んでいるのはディームズ・テイラーという人の伝記で、『ファンタジア』の章。Culhaneから引っ張ってきた情報もありますけれど、それとは違う情報もあります。ディズニー社とストラヴィンスキーとの契約に関わる諸問題や、この作曲家が《春祭》の部分を観てどういう反応をしたか、というのは書いてないみたいですね。
投稿者 cs3daime : 17:51
2006年4月20日
[Misc.] とりあえず
Star Wars Trilogy (OST) Sony Classical SX6K 934151
今さらながら、『スター・ウォーズ』のサントラを購入しました。アマゾンのギフト券が今月末まで有効ということで、つい。実は私は『スター・ウォーズ』のシリーズに関しましては、エピソード1までをすべて映画館で観ております。ですから、おそらく「スター・ウォーズ世代」の末席に加えてもらえるのかもしれません。しかし第1作目 (Ep. IV) を観た時は小学校の半ばなので、どれほどその内容を理解したかについては、自信がありません。もっとも、こういう映画は子どもの頃に観た方が感動するとおっしゃる方もいらっしゃるようですが。
アメリカでは Ep. 1 を封切りの週に観に行きました。チケットを買うのに、友達に先に列に入ってもらっていて、それでも1時間半くらいかかりましたし (前売り券購入者が建物の外にまで続いていたのは、タラハッシーでは初めて体験しました) 、当日入場するにも、開演時間ごとに列を作って待つという、大変な騒ぎでした (私の観た回の次の次くらいまで、すでにプラカードを持った係員がいたように記憶しています) 。コスプレしてる人も結構いましたね。それで、例の「ジャ~ン」という音とともに映画が始まると、映画館の中に雄叫び (どよめき?) の声があがります。個人的には、あの宇宙に浮かぶ、動く字 (あらすじ) の部分に懐かしいものを感じてしまいましたね (私も思わず「おおおお」と思いました) 。しかし、その後のつまらなさ… (以下省略)。
そして、多くの人のように、私もこのテーマ音楽には強烈な印象を持っていたのですが、映画のサントラには手を付けていませんでした。実は友人にこの映画のサントラのファンというのがおりまして、彼からずっとポリドール時代のサントラを借りている訳です (いちおう両者の同意のもとに私が借り続けているということになると思います) 。しかし、一度聴いたっきりで、それっきりになっていたのですね。Ep. IVからVIについてはその後フロリダ時代に寮のテレビで観まして、それなりに楽しめたのですが、やはりサントラの方には戻らなかったです。
ところが最近『アイガー・サンクション』や『タワーリング・インフォルノ』といった、『スターウォーズ』以前のジョン・ウィリアムズ作品に触れる機会がありまして、そういったものが面白いと感ずるようになりまして、それでもう一度『スター・ウォーズ』をトライしてみようという気になったのでした。
さっそくEp. 4から聴いてみましたが、以前よりは入り込めるようになったようです。おそらくポリドールのCDよりも音質が改善されたからでしょう。それでも、やはりテーマ音楽のインパクトが強過ぎるのか、スコアの部分にしても、主要テーマを聴くととたんに耳が引かれるといった感じになってしまって、その他は割と聴き流してしまいそうになります。
それにしても、ライナーが寂しい限りですね。ウィリアムズのコメントでも載せてあればいいのですが、ポスターが入っているだけです。映画ファンの購入を見込んで作られたと察しますが、「音楽聴けばそれでオシマイ」というサントラにお金を払うのはもったいないなあ、という気持ちも起こったりします。
今はとても時間がありませんが、そのうち映画本編も見直さなければならないと思いました。
ところで最近映画の本を読んでおりまして、「B級映画」という用語がちょっと気になっています。音楽ですと、特定の作品が「ゲイジュツ」であるかないか、という物言いはすでに過去のものとなりつつありますが、映画の方ではどれがA級でどれがB級なんて言い方があるのですね。
さらには「 (ヨーロッパ映画に対して) アメリカの作品はエンタテイメントで…」という時、たいてい「エンタテイメント」という言葉に、何かしらネガティブな意味が込められているように聞こえます。音楽ではかならず大議論になるようなこういう言い方は、映画では割と普通に行われているのかな、と認識を新たにしたところです。
クレストンの資料、今日は「音楽とマス・メディア」という文章を読んでいます。彼はテレビ音楽の経験もありますので、いろいろこの分野には一家言あるようですね。
『音楽文化の創造』にアラ・パヴロワのCD評 (Naxos: Monolog, Old New York Nostalgia, Sulamith [8.557674]) ならびに『ハイブラウ/ロウブラウ』の書評を送付。『北國新聞』に「第5回 北陸新人登竜門コンサート」の演奏評を送付。
投稿者 cs3daime : 22:38 | コメント (2)
2006年4月16日
[Movie] ディズニー『アトランティス』
『アトランティス:失われた帝国』を観ました。日本のアニメーションに大きな影響を受けた製作者たちによるディズニー・アニメです。おそらく日本のアニメを長く観てきた人には、何のひねりもなく、何の面白さもないような作品かと思われます。しかし一方で、これまでそういった優れた冒険ストーリーを知らず、過去のディズニー・アニメでしか長編作品を味わったことのないアメリカの子どもたちにとっては、新鮮な冒険アニメということになるのかもしれません。当作品がそうやって子どもたちの「原点」として記憶されるとなると、世界的視野や歴史的映画についての知識において鎖国状態であるアメリカの、特に地方の映画文化においては、かなり (商業的に) 大きな意味を持つと思います。
製作者たちは『アトランティス』にかかわる幅広い情報をインターネットから拾ってそこからリサーチを開始したそうですが、日本ではよく言われている『ナディア』や『ラピュタ』からの影響があるという指摘は『ライオンキング』の『ジャングル大帝』からの影響云々よりも露骨であるため、如何ともしがたいところがあります。しかし、そういった文脈から切り離し、作品本体を考えるならば、宝探しに翻弄するオトナの世界 (たとえば『インディ・ジョーンズ』にあるような) を含めた現代風な古典的冒険ストーリーを対象となる年齢層に応じて作った職人芸的作品とすることも可能でしょう。もっとも、常に新鮮でクリエイティブな作品を作り世間をリードするといった初期ウォルト・ディズニーの大志は感じにくいです。第二次世界大戦前の、いわゆる「クラシック・ディズニー」のようにはいかないということでしょう。
ただウォルトの生前においても、戦後の作品は必ずしも一様に面白い訳ではありません (『ピーターパン』以降の作品名を年代順に挙げられる人がどのくらいいるでしょう) 。技術的な新鮮さや、そもそも「長編アニメ」というフォーマットが新鮮だった頃の勢いは、すでにこの頃には消えています。ですから日本のアニメ史記述において、戦後のディズニー長編が低く評価されがちなのも充分理解できます。そのいっぽうで、『アトランティス』自体は、時にスロー・テンポなディズニー・アニメのいくつかの戦後 (and 戦前) 作品よりは、現代の子どもたちにアピールすることも考えられるでしょう。
そして、この映画には本編で流される挿入歌がありません。『ビアンカの大冒険:ゴールデン・イーグルを救え』以来ですね。『ヘラクレス』までの「ミュージカル・アニメ」に携わっていたアラン・メンケンは、20世紀が終わりを迎えていたころ、アニメによるミュージカルはジャンルとして認知され、その新鮮度は失したという認識を持っていました。ディズニーがメンケンと再び仕事をするのは『ホーム・オン・ザ・レンジ』 (2004) を待たねばなりませんでしたが、すでに当のディズニー社は、アニメのフォーマットを含めた新しい表現に対する模索期に入っていたといえるのかもしれません。
私個人としては近年の「3Dか2Dか」ではなくて (ウォルト・ディズニーが新テクノロジーを進んで導入したのは彼の「売り」でもあったということを現在も継承しているつもりなんでしょうか) 、ケーンメイカーのいう「plotとcharacter developmentが決め手」という意見に賛同するところです。
さてディズニーの方は、ようやくミッキー・マウスの短編を一通り観て (カラーの方は日本盤DVDも持っています) 、メモをとり終えたところです。ドナルド、グーフィー、その他の短編がまだいっぱいありますが (^_^;; 『こぐま物語』も近々観る予定です。『メロディー・タイム』は『メイク・マイン・ミュージック』よりは面白かったですね。
オーケストラ・アンサンブル金沢 第5回 北陸新人登竜門コンサート <弦楽器部門> の演奏評を書き始めています。私はコンクールの審査員ではないので、通常の演奏論評として扱おうかな、と考えているところです。本はローレンス・W・レヴィーンの『ハイブラウ/ロウブラウ:アメリカにおける文化ヒエラルキーの出現』 (常山菜穂子 訳、慶応義塾大学出版会、2005) 。私は博論の時に原書で読みましたが、あの時邦訳があれば、もう少し読むのが楽だったなあ、と思うことしかり。しかしパラフレーズしたり引用するには原書ですし (^_^;;
投稿者 cs3daime : 23:17 | コメント (2)
2006年4月11日
[Misc.] Blogのカテゴリー/動きの中に
ようやくBlogのカテゴリーにMTPagenateを導入し、「最近観たもの、聴いたもの」などカテゴリー別の過去のエントリーを少しずつ分割して読めるようになりました。MTの導入を勧めてくれて、このやり方についてのリンクも教えてくれた友人に感謝。今後はCSSも少しずつ使えるようにし、デザインも変えていけるようにしたいと思いますので、よろしくお付き合いください。
ここ数日は『ファンタジア』の調査を行っております。ストラヴィンスキーが《春の祭典》の部分でディズニーとどのようなやりとりがあったのか、実際に映画を観て、どういう反応をしたか、などなど。資料自体は比較的多いですね。学会誌『American Music』にも論文がありました。オリジナルな音楽を使っていないので、おそらく扱いはそれほど大きくならないのかもしれませんが、こうもいろいろ資料があると困りますね。
映画は『勝利への旅立ち』。そう、これもジェリー・ゴールドスミスですね。もう一つ、『駅馬車』はアメリカでも図書館にあったので一度は観た映画ですが、いま一つ印象が薄かったりします。音楽にはルイ・グリュンバーグも参加してたんですね。前者はスポーツを題材にした映画ですが、実は試合の詳細というのはそれほど音楽的には重要じゃないということが、薄々感じられてきます。いや、もちろん結果は筋を進める上では大切ですが、リアルにどういう攻撃をしたということよりも、いま選手に起こっているであろう心理的状況、彼らを取り巻く周囲の環境、私生活との兼ね合いなどがどう実際の試合とともに進んでいくかが大切なんだと思いました。ですから音楽も、ひたすらバスケの試合が映る一方で、実はここは負けそうになってヤバそうだとか、一気に形勢逆転を感じさせるとか、ドラマとしてどういう風に描きたいのかがはっきりしてないと、おそらくかなり単調になるのだと思いました (ゴールドスミスは、本当にこういう扱い方が上手いですね) 。細かいところで苦悩の表情などは見えてきますが、おそらく音楽の方がストレートに伝わるような気がします。
『駅馬車』はスコアのスタイルも随分違いますし、馬車そのものは感情を持たないので、音楽がそれをどうするかというのは非常に難しい。おそらく『アラビアのロレンス』の砂漠の場面くらい難しいと思います。ですから平板な「場つなぎ」的な音楽に陥らないようにしなければならないのだと思います。よく知られた民謡を使うのは、とりあえず観客を引き止めておくには良いとは思います。しかし、スペイン語の歌が入っているとは、以前観た時、どうして気が付かなかったんだろう。ちゃんと観てなかったのか (^_^;;
投稿者 cs3daime : 22:53 | コメント (0)
2006年4月 9日
[Books] 黒澤-早坂、Musical Exoticism
西村雄一郎 『黒澤明と早坂文雄--風のように侍は--』 筑摩書房、2005年
Booksなかだ掛尾店で購入しました。資料調査の確かさを感ずる一方、「ノンフィクション」っぽい伝記スタイルであるがために、学問対象として引用する時にはそれ相当のリテラシーが問われるんじゃないかという印象がします 。おそらく学術書でない (?) ので注や文献表がないということなのかもしれませんけれど、個人的にはそういうのがあった方が、後々のために良かったのではないかと思ったりもします。いずれにせよ、価値のある本だと思いました。勉強させていただきます。
Bellman, Jonathan, ed. The Exotic in Western Music. Boston: Northeastern University Press, 1998.
音楽における民族ステレオタイプの創出について関心を持ち始めたので購入。やはり「インディアン音楽」を扱ったMichael V. Pisaniの論文に興味を持っています。あのタムタムのリズムには案外古い歴史があるのですね。あ、映画音楽に関する記述は、一言触れた以外、まったくありません。
昨日はミッキーマウスのカラー・シリーズ、ドナルド年代順コレクションの第2弾 (2代目ドナルドの声優さんのインタビューが面白かった) 、今日は午後からディズニーの『メロディー・タイム』についてのメモ取りしました。やっぱりリージョン1の機械を買ってよかったなあ。引き続きポール・クレストンCDも聴いています。シュワルツ第2集 (Delos) を改めて。
その他、『STEREO SOUND』誌を立ち読み。市立・県立図書館からは、蓮實重彦さんの本など 。友人から届いたカーメン・ドラゴンとグレンデール交響楽団についての雑誌記事もながめております。映画は『オーメン』。奇をてらわない古典的ホラー映画ということになるのかもしれません。後にじわじわと残る怖さがありますね。この映画のサントラに聴くような音楽も今でこそいっぱいあるような気がしますが、やっぱり当時はインパクトあったんでしょうね。ゴールドスミスは監督に問われて「声が必要だ」と勢いで言ってしまって、後で困ったといういうエピソードがあるそうですが。しかしまあ、カーフ・オルフもびっくりというところでしょうか。CDはラロ・シフリン『燃えよドラゴン』 OST (Expanded ed.)
時間があったらDan BrownのAngeles & Demonsが読みたくてたまらないです。初日は120ページちょっとを一気に読んだんですが…。
投稿者 cs3daime : 20:09 | コメント (0)
2006年4月 7日
[Movie/CD/Misc.] 遭遇する音楽/お笑いレコード
John Williams. Close Encounters of the Third Kind (OST: Collector's Edition). Arista 19004-2
ジョン・ウィリアムズは『スター・ウォーズ』と同時期に『未知との遭遇』に従事していたそうで、前者がクラシックっぽい書法だったのに対し (ウィリアムズが言うような「オペラ的」かどうかは置いといて) 、こちらはペンデレツキ風の響きが積極的に恐怖心を表現するのに使われていることが分かります。不協和音がつくりだす独特の緊張感ということなのでしょうか。全体を聴けば、もちろんこういったトーン・クラスター的な部分と、よりメロディックな部分が混ざっているといえます。宇宙からの客人に人間的なものを感ずると、自然と叙情的な19世紀的音楽になるということだったんでしょうか (私はペンデレツキやクセナキスにも強い表現力を感ずるので、「トーン・クラスター=知的な音操作」という聴き方はしませんが) 。
(06.04.08. 追記 あえて「現代音楽=知的な音操作」という書き方をしていません)
お恥ずかしながら、映画の方も最近まで観たことがありませんでしたが、ゾルタン・コダーイが出てくるとは思いませんでした。一応私も教育学部出身ですので、コダーイの教育法については勉強しました。ただハンド・サインは教わってすぐにできるものではなかったですね。それに「耳の不自由な人に音階を説明する為に考案したもの」ということは習いませんでした 。日本の学校でも、おそらく少ないとは思いますが、このハンドサインで授業をやっているところがあると思います。
ウィリアムズにとって『未知との遭遇』はとても思い出深い作品だったそうで、その要因の一つは、スピルバーグが提案した、音による宇宙人との交信のアイディアだったそうです。ただ、そのメロディーはいいとしても音の長さまでは考慮されてなかったのか、Bb-C-Ab-Ab-Eb (という音程で鳴らすことが一番多かったようです) という順番さえ守れてればいいということになっているのが、リアルに考えてみれば不思議な感じがします。しかも速く演奏してループ状になってしまうと、すでに違った意味になってしまうのでは、と、こちらは観ていてハラハラしてました。UFOから来る音が電子音でなくてチューバというのも、音のキャラクターとして威厳があってパワフルな感じがする一方、「あれチューバじゃん」と思ってしまったりもしました。まあ音楽を多少かじっていると、余計なことが気になってしまいますね。 しかし、このフレーズというのは「音楽」と呼べるのかなあ??? (まあSFで「リアリティー・チェック」しちゃうのは粋じゃないですけどね)
(06.04.08. 追記 ライナーを読んでみたら、UFOから出る音には車のクラクションを使うことをウィリアムズが提案したとあります。確かにクラクションを集めて《ニューヨーク・ニューヨーク》を演奏したミュージシャンもいますから、確かにそれはありえます。ただあの映画で実際聴く音は、かなり低音ですよね。そうすると、クラクションをそのまま使ったとは思えないですね。何らかの加工を施したと考えられそうです)。
ところで映画はいわゆる「遭遇」といったSF的なものだけでなく、米国政府による真相隠ぺいといった、いわゆるコンスピラシー・セオリーに絡んだサスペンスの面白さもあるんでしょうか。『カプリコン1』のコンスピラシーの方は、あまりアメリカ人には訴えなかったようですが、このUFOはどうだったんでしょう? カール・セーガンに言わせれば、こういう遭遇が起こる可能性は限りなく0に近いということになるのかもしれませんが…。それにしても、セリフが実に自然な会話体ですね。
「音楽は世界共通の普遍の言葉」という時、その言葉がたいがい西洋クラシックを指す、あるいはその言葉がクラシックの演奏家/愛好家から出がちである、ということをどこかで耳にしたことがあります。民族音楽学の人は「music」を複数形にして「musics」なんて書いています。さて真相は???
しかしこのAristaのサントラ、デジパックを開いてCD盤本体に書いてある文句がいいですね -- "WE ARE NOT ALONE"。
突然1920年代のヒット・レコードを調べることに。"The Okeh Laughing Record" (Okeh 4678) というのが妙に印象に残りました。ある男が深刻な音楽をトランペットで吹いていると、それを聴いたご婦人が笑い出します。やがて男もつられて笑い出します。トランペットを吹こうとしても、ご両人は笑いが止まらない。で、3分弱のトラックがそれだけというレコード。1920年にベルリンで録音され、3年後にアメリカで発売され、大ヒットしたらしいです。妙にインパクトがありましたが、冷めてみると「こんなのが流行ってたの?」という感じです。まあ「流行」というのはそういうものかもしれませんけれど。このご婦人はコミック・シンガーのルーシー・ベルナルドで男性の方が楽団リーダーのオットー・ラトケという人のようです。
投稿者 cs3daime : 16:12 | コメント (0)
2006年4月 4日
[Movie/Misc.] 独裁者/資料探索
チャップリンの『独裁者』を観ました。チャップリン初のトーキー映画で時事問題を扱った作品ということで、サイレント時代のパントマイム表現とトーキーのセリフを交えたより演劇的な表現、そしてコメディーとシリアスな内容のバランスという2つの問題と格闘しながら出来た作品のように思いました。最初はチャプリンのイギリス英語を聴いて、イギリスという現実の国との緊密性を感じてしまったり、いろいろな現実世界が一気になだれ込んだ感じがして、やはりサイレントならではの表現があったのだなあということを思い知らされることにもなりました。
それでも最後のシーンには圧倒されましたし、そこに込められたメッセージは、現在にも生きるところがあるでしょう。「どの国もプロパガンダ・メッセージを乗せた映画を戦時中に製作していた、しかしチャップリンのメッセージほど愛国心に訴えずに我々の心に届くものはない」といった感想をネット・サーフィン時に見かけまして、思わずうなずいてしまいました。「説教くさい」という感想もあり、それはサイレント時代よりも風刺がよりダイレクトに社会的になってきたことに対する、観る側の警戒心なのかもしれませんね。個人的な感想を多少オーバーに言えば、当映画のラストは真に迫っておりまして、それはベートーヴェンの《歓喜の歌》で、ついに交響曲に歌がついた、というような驚きと喜びに近い感覚でもあったのかな、なんて思いました。まあ、もう少し興奮がさめれば、違う見方もできるでしょう。トーキー映画の割に音楽は少ないですが、適切なシーンに施されているように思います (ロマンティックなシーン専用という印象も拭い切れませんが) 。しかしまあ、チャップリンはヒトラーのこともよく知っていますね (カリカチュアされたヒトラー本人も2度本作を観たんだとか)。
昨日は書庫に隠れていた John Belton 著のAmerican Cinema/American Cultureという本 (古本) を引っぱりだしてきました。フロリダ州立大学の映画史 (たぶん学部生向け) で使われていた教科書だったのですが、版が古くなったようで、書店で投げ売りされていたのを買ってきたものです (いや、それとも公立図書館だったかな??? いずれにせよ、かなりの安価で仕入れたものです) 。Amazon.comだとあまり評判がよくないようですが、そのうち覗いてみようかと思います (つまり、一度も読んでません (^_^;; ) 。書庫からはポール・クレストンの『リズムの原理』も出してきました。1,000円で買ったようです。新潟の古本屋だったかな? CDでは同じくクレストンのアコーディオンのための小品、E. バーンスタインの『ゴーストバスターズ』 OST (スコア盤) などが届きました。
投稿者 cs3daime : 22:20 | コメント (0)
2006年4月 1日
[Misc.] 資料整理中/高岡、ベルのパン
ポール・クレストンの資料を整理中です。今日はハリウッド四重奏団によるクレストンの弦楽四重奏曲のLP (Capitol P8260) を聴いていました。そのうちCDで入手する予定の録音です。私の持っているLPは、もちろん中古品。買ってから一度も聴いていませんでした (^_^;;
それで実はこのジャケットの間に、前の所有者のものと思われるクレストンの訃報記事が2つ挟みこまれていました。一つは『ニューヨーク・タイムズ』 1985年8月26日のもの、もう一つは同日の『デイリー・ニュース』のもの。こういうのは、レコードを買った人の作曲家に対する思い入れが感じられて感慨深いですね。
LPの演奏はハリウッド弦楽四重奏団というのですが、そのメンバーのうちヴァイオリンはフェリックス・スラトキンです。有名な指揮者レナード・スラトキンのお父さんで、20世紀フォックス社専属オーケストラのコンサート・マスターだった人です。ちなみにカップリングはホアキン・トゥリーナのLa Oracion del ToreroとヴォルフのItalian Serenade in G Majorです。
そのほか、カウエルによるクレストン紹介の記事、クレストン自身による文章 "A Composer's Creed"などをながめております。
いまちょうど東京から妹が遊びに来ておりまして、今日は高岡までドライブし、映画『8月のクリスマス』に使われたという写真スタジオを見学に行ってきました。私は映画を見ていないので、感動できないのが残念ですが、中にいらっしゃったアルバイトらしきおばさんがとても愛想よく対応していただいて、印象はとても良かったです。昼はシャングリ・ラというインド料理屋にトライ。前から気になってはいたのです。富山駅近くのサントシに比べると庶民的な味で、妹はこちらの方が好みとか (私はサントシの方が好みかな?) 。その後は8号線沿いのブックオフで『プライベート・ライアン』 OST が750円だったので購入。なぜかマイケル・ケーメンが布袋寅泰と録音したギター・コンチェルトも購入(こちらは1,000円)。実はケーメンはデヴィッド・サンボーンと録音したサキソフォン協奏曲が気に入ったため、このCDを探していたのですが、アメリカには売ってなかったし日本でもみつからないと思っていたところでした。
早速帰りの車の中で聴いていったのですが、妹は疲れのせいもあって、寝てしまいました。私もメロディアスな作品に、ちょっと期待と違っていたものを感じました。ちょっとエンディングはねえ~。とりあえず、私のアメリカ音楽資料の1つとすることにしましょう。
そして、よくひいきにして行っているベルにてパンを購入。やはりここのクリームパンを上回るものは今のところありません! 今日は焼きたてのが出されていて、買ってすぐにでも食べたかったんですが、そこはぐっとガマン! ちなみに通販で買えるメニューの中では、クリームパンとメイプルシロップがオススメです。
(2006.4.2. 追記) Michael Kamenのラスト・ネームは「ケイメン」と表記するのが一般的なようです。