2006年2月26日
[Tape/DVD] マゼールのブラームス/ムツェンスクのマクベス夫人
ブラームス 交響曲第1番 ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル、1985.3.3. ウイーン楽友協会大ホール、NHK-FM エアチェック、1985年8月27日放送
古い120分ノーマルテープにエアチェックした演奏です。さすがに冒頭はテープの傷みを感じましたが、すぐに気にならなくなりました。全体に重厚な音のするゴージャスな演奏ですが、流れが停滞することなく、ほどよい手綱さばきで聴かせます。過度の感情移入というのもありませんが、冷淡では全くありません。そして楽譜の楽想に合わせて柔らかさと堅さを自由に扱うことができるのはこの指揮者の強みなのでしょうか。
おそらくマゼールの解釈は好みが分かれると思いますが、ウイーン・フィルというオーケストラの機能性もじゅうぶん発揮した力演だと思います。演奏時間、約47分。
Shostakovich. Lady Macbeth of Mtsensk. Secunde, Ventris, etc.; The Gran Theatre del Liceu; Alexander Anissimov, conductor. EMI Classics 5 99730 9 (2 DVDs)
さて、ようやくショスタコーヴィチの歌劇《ムツェンスクのマクベス夫人》を観おわりました。都合何度に分けて鑑賞したやら。さっそく井上頼豊の『ショスタコーヴィッチ』 (音楽之友社、1957年) に掲載された、いわゆる「『プラウダ』批判」の日本語訳を読んでみました。無教養な私はいま一つ、この「形式主義」という意味が解せないのですけれど、しかしまあ、舞台上で繰り広げられるあからさまな男女の姿というのは、いわゆるモラリストには我慢ならないといったところなのかもしれませんね。ブルジョワジー (!) にそれがウケたということ、ショスタコーヴィチが見逃した民衆 (人民?) の求めているもの、そういったものをこの記事を書いた人がどれだけ分かっていて現状を述べているのか、私には分かりません。ただここに書かれたことが大きな影響力を持っていたという事実は社会的・政治的には明白であり、だからこそ、「公式なリアリズム表現」を問うということになったのでしょう。もちろん舞台に繰り広げられた民衆の姿は「リアル」でないと考えられた、ということもあったと思います。
「『プラウダ』批判」のような言論はおそらく、音楽を積極的に統治の道具として使うというよりは、「あるべき形に当てはまらないものは排除すべし」というネガティヴな刈り込み作業であり、結果的に、より「あるべき形」=より「リアルなもの」になるのでしょうか。
おそらく舞台装置や歌詞のインパクトも大きな意味があったのでしょうね。音楽の語法と、その背景にある社会的背景について、音のみから思いを巡らせるには、それなりに音楽に通じてないといけない。しかし歌詞やパントマイムや舞台セットや物語というのは極めて現代的であり、しかも自国を舞台としているため分かりやすい。結局は音楽に対する攻撃は音楽外の要素から音楽プロパーに向かっていったんではないかと推測してしまうのですが、本当のところはどうなんでしょうね?
あとこのDVDを観ながら考えていたのは、20世紀オペラをオペラ・ハウスで上演するっていうのは本当にスゴいなあということでしょうか。だって聴衆の方はオペラ・ハウスに行くといって、きちんとした身なりをしているのに、舞台上に登場するのは、そういったブルジョワ (!) な世界とは無縁であるかのように描かれた人たちなのですから。モンテヴェルディやラモーの時代から比べると、随分と変わったものです。まあ、オペラ・ハウスを破壊 (@ブーレーズ) しなくてもいいのではないかと私は思いました。
#あるいはオペラ・ハウスに来る人がラフになれば、もっと自然に感じられるのかな?
なおDVDはリージョン・フリー、NTSCでした。日本語解説なし (英語字幕あり) 。PDFファイルがDVD-ROMに入っているそうですが、私は見ておりません。
投稿者 cs3daime : 15:24 | コメント (0)
2006年2月24日
バーバーの《ピクニック》について
とある方から、サミュエル・バーバーのピアノ曲《ピクニック》が作曲された経緯について質問がありました。以下が私の回答です。この曲に興味がおありの方は参考になさってください。
○○様
私の所有するバーバー関連の書籍から、引用してみます。
「これらは小さな古典的形式によるアメリカの地方色
豊かな語法の探索 (谷口訳:原語excursions) である。
これらのリズム的性格は、民謡を素材とした題材と地方
の楽器を想起させる器楽法同様、すぐに認知される。」
(バーバーの発言。Nathan Broder "Samuel Barber"、
68ページに引用)
ということで、第1楽章:ブギウギ、第2楽章:ブルー
ズ、第3楽章:民謡風の旋律による変奏曲、第4楽章:
バーン・ダンスといった、アメリカの民謡を西洋音楽の
視点から探求した作品ということだそうで、アメリカ
民謡や初期のポピュラー音楽をイメージすればよさそう
です。
1930年代、バーバーは自国の民謡に強い興味を持ってい
て、これまでロマン派っぽい作風で書いてきた彼が、
「アメリカ音楽」も書けるということを証明するために
これを書いたと彼自身が述べたこともあったようです。
実は1930年代というのは、多くの作曲家がアメリカらし
い音楽を書くことに苦心していた頃でして、バーバーも
その例外ではなかったということだと思います?
投稿者 cs3daime : 11:44 | コメント (0)
2006年2月22日
昨日・今日
昨日・今日は『ピノキオ』に使われているモティーフについて書いていました。この時代はRoss Careの文章がやたらと多いのですが、他の視点ということになると、あまりないのかなあ。有馬哲夫さんの『ディズニーとライバルたち:アメリカのカートゥン・メディア史』も眺め始めました。ネットにはこの本の詳細について問題点を指摘するサイトもありますね。音楽についての記述はあまりないのですが、一応他の文献と一緒に読み進める必要のある本であるという認識を持っていくつもりです。
また、ミシェル・シオン (小沼純一・北村真澄 監訳) の『映画の音楽』 (みすず書房) で『シリー・シンフォニー』について書かれた箇所をながめてみました。「音楽の争い」と訳されている (80ページ) のは、その内容からみて『音楽の国 The Music Land』のことなのでしょう。フランスでは「音楽の争い」という題だったのかもしれませんね。私はこの映画の主題が「音楽の激しさを表現」しているかどうかについては若干疑問視してしまいますが、とりあえずこれも意見の一つとして参考にしたいと思います。
タワー渋谷で2490円で購入したノリントン/ロンドン・クラシカル・プレーヤーズ/ベートーヴェン交響曲全集 (Virgin Classics) を聴き始めております。いやあ、これは面白い演奏です。《田園》にしても独特のニュアンスが随所に盛り込まれております。第5というのは「いじりやすい」曲だと思っていますけれど、こういうやり方もアリですかね。
今日はこれからウィリアム・ボルコムとアラン・ホヴァネスについて調査する必要がありそうです。
投稿者 cs3daime : 23:30
2006年2月21日
きつねと猟犬
ディズニー音楽の資料というのがいかに限られているかを思い知らされる毎日が続いております。特に『ピーターパン』以降でシャーマン兄弟以外の記述が頼りないという印象です。映画作品そのものを語る文章も多くなく、Leonard MaltinのDisney Filmsにしても、音楽のデータが完備されてなかったりします。The Cartoon Music Bookにしても、『ジャングルブック』から『リトル・マーメイド』の間の作品はなかったことになっているかのようです (^_^;;
結局実際の作品をDVDで繰り返し観ることとなりまして、昨日・今日は『きつねと猟犬』を観ました。前半はカントリーを中心としたリラックスしたスコア、クライマックス部分はかなりドラマチックなオーケストラになっております。
一方歌に関しては、やはり「型」になっている印象が強いですね。わざわざ入れなくてもいいのに、という感じさえします。嫌みにもなっていませんが、なくても充分ではないかと思われますね。
さて前からRoss Careの『バンビ』に関する論文を読もう、読もうと思っていましたが、高い本だけにどうしても線が引きたくなったら困るな~と思って、本をちらちら眺めるだけになっていました。しかし今日(昨日)は 意を決してA3版にコピーをしました。論文が掲載されているWonderful Inventionsはレコードジャケット・サイズの本ですから、なかなか大変です。昨日はこの本の付録のLPレコードも聴いてみたのですが、読んでない部分の録音はどうも意味が分からなくて、聴くだけ野暮という感じでした。いずれまた挑戦してみます。ついでに聴いたテリー・ライリーの《生命の秘密》のLP (仏Philips) の方がインパクトあったなあ。
投稿者 cs3daime : 00:36 | コメント (0)
2006年2月16日
アメリカ音楽・アニメ音楽
今日は富山高校にて、高校の先生方を相手に1時間半ほど講演を行いました。クラシックを中心としたアメリカ音楽の歴史と、アメリカにおける日本音楽の受容の話など。高校時代の恩師もいて、けっこう恥ずかしかったです。現場で活躍されている諸先生方から「先生」と言われるのも冷や汗もの(そんな柄じゃないからなあ)。最後までおつきあいいただき、感謝、感謝です。ポピュラー音楽では、例のグローヴの定義を開陳し、それについては面白く聴いていただいたようでした。
私を講師としてくれた友人によると、音楽の実例がやや短かったのが残念とのこと。事前に時間を計ってなかったため、ちょっとあわてて進めてしまったようです。時間は充分あったようだから、次回は時間をしっかり取ろうっと。
帰ってきてからは、Film Music RadioのForeign Focusを聴きました。日本のアニメの特集がオン・デマンドで聴けるんです。しかしまあ、すごいフレンチ・アクセントのあるラジオホストだなあ。久石譲は宮崎アニメで有名ですが、続けて聴くと、ちょっと飽きてしまいました (ファンの方ごめんなさい)。それに『ラピュタ』はやっぱり改訂する前の方が好きですね。その他『スチームボーイ』『メトロポリス』はまだ観ていないので、けっこう新鮮。特に後者の音楽としてディキシーランド・ジャズだけ聴くと、これが映画音楽なんだってことは、まるっきり忘れてしまいました。
ちなみに次回のアニメ特集では「スペクタキュラーな『宇宙戦艦ヤマト』のスコア」をやりたいそうです。まじでぇ~。
これを打ちながら、今度はブルース・ブロートンのインタビューを聴いています。面白い。この人はディズニーの『ビアンカの大冒険:ゴールデンイーグルを救え』以来すごい気になっているんですが(番組でも《メッセージ・モンタージュ》が紹介されています)、このインタビューの間に聴かれるアニメ以外の作品も、とても面白いです。オーケストレーションに関して、彼はかなり細かく指示を書き込むそうですが、それならオーケストレーションも含めてのほとんどすべてが彼の才能なのだなあ。
投稿者 cs3daime : 17:47 | コメント (2)
2006年2月14日
[CD] チェルカスキーのショパン
Shura Cherkassky I: Chopin. Great Pianists of the 20th Century. Philips 456 742-2 (2CDs).
オデッサ生まれで、ロシア革命による亡命後はアメリカ (イギリス?) のピアニストとして長く活躍したチェルカスキーですが、このショパンの2枚組中では、特に前奏曲作品28の美しさに魅了されます。彼のピアノはテクニックの確かさを前面に出し圧倒する近年のやりかたとは違います。むしろ技巧的なパッセージの中に聴かれるべき旋律線 (かならずしも上声部とは限りません)を紡ぎ出し、微妙なバランスを保ちながら、結果として詩情豊かな演奏を作り出します。
ロマン派歌曲の伴奏で、バス声部に隠れた旋律線に耳をそばだてることがよく行われます。それはこの時期の西洋音楽が、和声的な色彩に重きを置いているだけではなく、19世紀まで蓄積されてきた対位法の線的要素をも決して失うことなく敢然と保持しているからです。
ショパンのピアノ作品の場合、歌曲の伴奏のようにバス声部がソプラノとデュオを形作る時がしばしばありますし、内声部に思いがけない旋律線が見える (聞こえる) 時があります。バッハの《平均律》をきちんと多声音楽と認識しながら演奏すると分かりますが、主旋律とされる線だけを追っていると、背後に隠れている線的な流れの面白さを忘れてしまうことがあります。それは特に、古典派/ロマン派のホモフォニックなテクスチュアに慣れると起こります。主旋律以外を「伴奏」と切り捨ててしまうことで、それを支える音楽、特に線的要素がないがしろにされてしまうのです。
チェルカスキーの前奏曲を聴いて考えさせられたのは、ロマン派の豊かな和声語法の中に息づく様々な線的な要素を、彼は耳をそばだてながら追求しているのではないかということでした。時にそれは、オーケストラの響きにも似た技巧的パッセージが背後に追いやられてしまうということにもなります。しかし、現在そういった技巧華やかなりし演奏が氾濫しているため、スケールがやたらと大きくて派手な解釈に食傷気味だということであれば、チェルカスキーのような可能性を聴くことは新鮮な体験になるでしょう。自分の音楽へのアプローチを再確認することにもなります。またショパンの「詩情」というのは何なのか、なぜ彼は「詩人」と呼ばれるのかということを、これほど考えさせる演奏に出会ったことはありません (ただ第3ソナタは、技巧的な側面がもっと欲しいと思うところがあり、必ずしも線的要素が明確に出ている訳ではありません)。
1枚目のエチュードも各曲の音楽的可能性を考えさせられる解釈の一つで、録音は古いものの、一聴の価値があります。特に《革命》のエチュードが楽しめました。何の「練習」だったかな、ということを考える演奏--例えばポリーニのような--からはかなり離れているように思います (その「是非」はリスナーの好みによって分かれるでしょう)。
個人的には、《舟歌》ヘ長調 作品60、《ノクターン》ヘ短調 作品55の1とともに、2枚目からお聴きになることをお勧めしたいCDであります。
投稿者 cs3daime : 09:25 | コメント (0)
2006年2月10日
[LP] [Book] Af-Am. Hollers, Af. Drums, フロスト日和
Negro Blues and Hollers. 米 Library of Congress, Recording Laboratory�AFS L59 (LP).
アラン・ローマックス録音。大半はカントリー・ブルースですが、最初にアフリカ色の強いhollersが入っています。ただこれは英語のもの。アフリカのと確かに似てるなあ。アフリカ系アメリカ人のアクセントの強い話し声も挿入されていて、これはちょうど『ダンボ』の最後に出てくるカラスたちと同じような語り口です。さすがにbrotherという呼び方は使ってないようですが。
2曲目のhollerに関しては、心にずっと沈んでいくような深い悲しみを感ずる内省的な歌い口が感動的です。それに対して3・4曲目、アップテンポで歌う会衆歌のビートには、なぜかザディコ風のものを感じてしまいました。いろいろあるもんですねえ。
ブルース(ブルーズ)の方は、他にもたくさん聴いたことがあり、ここに収録されているものが特別様式的に違うという感じはしませんが、形式的にバラエティーに富んでいるのはoral traditionらしいですね。
The Music of Africa Series: Musical Instruments 3. Drums. By Hugh Tracey. 米Kaleidophone KMA 3 (LP).
ヒュー・トレイシーによるアフリカ音楽のフィールド録音は古典だそうですが、いやあ、確かにこれは面白いコンピレーションです。モノラル録音ですがしっかりとしたクリアな音質ですし、音楽的にも、すごく興奮する、密度の濃いものばかりが収録されております。ライナーが楽器の構造を述べた簡潔なものなので、文脈が分からないというところがありますが、そういうのは、おそらくCD化されたものを聴けばいいのでしょうか。財力に余裕があったら入手してみたいところです。トーキング・ドラムの、スピーチとドラミングを交互に収録したのも面白いですね。本来は交互に演奏することはないにせよ、とても参考になります。他にもAIMS Multimediaのビデオ『Discovering the Music of Africa』にもトーキングドラムの場面があったようには記憶しております。
さて、ようやくR. D. ウイングフィールドによる『フロスト日和』を読了いたしました。留学時に日本の友人に教えてもらい、アメリカでペーパーバックで読んではいたのですが、どうもイギリス英語になじめず、途中でリタイアしていたものでした。この度あきらめて日本語訳で読んでいたのです (^_^;; でも、結構ニュアンスが違いますね。アメリカ版が359ページに対し、創元推理文庫版は707ページもあります。かなり長い訳になっているのかな、という気がいたしますね。
内容はサスペンスとしてよりも人間ドラマとしての魅力を感じました。最初から最後まで面白さが平均して続くという印象でしょうか。映画に「この辺で抜けてトイレに行ってきても大丈夫」という箇所があるように、小説にもある程度の筋の重要さにおける「上下」のようなものがあるもんですが、それがまんべんなくならされているという感じでしょうか。警察における人間関係や主人公と町の人との関係など、フロスト警部をとりまく環境にとても興味を持たせてくれる内容ではないかと思われます。絡んで展開する事件が解決して、終結に向かって絞られていくと、アクション色が濃くなり、従来のサスペンスっぽくなるのは仕方ないことでしょうね。
この小説はテレビ番組にもなったようですね。どうやらそちらの方は結構人気があるようですが、この小説自体、あまりアメリカでは話題にならなかったんではないかという気がします。
しかし、このシリーズは、いずれ他のものにも手を付けてみたいと思っています(たぶん訳本で…)。
投稿者 cs3daime : 18:26 | コメント (0)
2006年2月 8日
サントラなど
ここ数日はヤフオクでお買い物。『アメリカ物語』と『リトルフット:謎の恐竜大陸』のサントラです。後者にも日本盤が出ていたのは知りませんでした。この頃スピルバーグのアニメということで、結構人気があったのかな? リアルタイムでは観ていないので、何とも…。
両方ともすでに現地盤は持っていたんですが、国内ライナーの情報を得ようと購入しました。『リトルフット』はeBayで、結構いい値段を払ったような記憶がありまして、国内盤の落札価格の安さに複雑なものを感じます。まあ需要と供給の世界ですから、仕方ないのでしょうけれど。
で、その日本語ライナー、『アメリカ物語』のはちょっとひどいなあ。アーチスト情報の部分や歌詞翻訳は良しとして、解説のところがねえ。『リトルフット』の柳生すみまろさんのは、さすがによく目的を果たしているように思います。
アカデミックな世界でライナーノートというのは基本的に資料とは扱われないところがありまして、例外は作曲者が書いているものです。この場合はいずれも違いますが、当時の情報ということで、多少タメになるかなあと思い、購入しました。結局他の資料頼りになりそうですけれど (^_^;; 映画パンフレットも音楽については大した情報なし。う~む。The Animated Films of Don Bluthを読まねばならないなあ。
(05.02.09. 追記) 午後、体の調子が良くなってから、『バンビ』を観ました。手塚治虫の『ジャングル大帝』に影響したディズニー作品です。ただその手塚作品に影響した部分が来るまでが随分長いという印象もあり、「かわいいバンビ」が成長する前半をどれだけ辛抱強く観ることができるかというのは、一つの課題ではないかと思ったりもします。
今朝、ようやく尿管ステントを抜きました。ゼリー状の麻酔やらを入れ、座薬も入れての作業は、すぐに終了。「手術よりも今日のが大変ですね」「若いから痛いかもしれないね」などおどかされたためか、何ともあっけなく終わった感じです。退院してから起こった腎臓の痛みなんか、この10倍くらいだし、親不知抜く時の痛みなんかに比べれば、こんなもの、何でもないや。
お昼になって、入院・手術費用の請求書が届きました。う~んこちらの方が財布を直撃した感じ。保険はこの半分も面倒みてくれないなあ。いたたたた。
(05.02.09. 追記) その後午後3時から4時にかけて激痛が走りました。もしかして、午前中に起こったことによるものだったんでしょうか。座薬を入れてもすぐには収まらず、もだえることになりましたが、そのうち自然と痛みは消えていきました。血尿にもならなくなり、一安心といったところでしょうか。やれやれでした。
投稿者 cs3daime : 19:10 | コメント (4)
2006年2月 6日
ポピュラー音楽って? [若干訂正]
とある高校の音楽の教科書に書いてあった説明が何とも面白かったなあ。ポピュラー音楽は
・体にダイレクトに訴えかけてくるビート感
・刺激的なサウンド
・強烈なメッセージ
・ファッション性
が特徴で、クラシックは「音自体の持つ美しさや、旋律や和声の味わいによって、人間の内なる精神や美的感覚に訴えるもの」なんだそうです。へ~え。どこかの掲示板にでも書けば大変な議論を巻き起こしそうな説明です。
中村とうようさんの『大衆音楽の真実』ですと (p. 21)
ポピュラー音楽は、大衆音楽もしくは通俗音楽ともいう。一般にクラシック音楽と対比して考えられる概念であって、クラシックは規模が大きくて変化に富んだ表現様式を備え、高度の精神性を内包するものとされているのに対して、ポピュラー音楽は、民衆の日常生活の中にある喜怒哀楽の情をストレートに表出する娯楽性の強い音楽であり、その享受のされ方も日常生活に密着している。
これもまた議論を呼びそうですが、「対比」という箇所はちょっと注目できるかなっという感じがしました。
つい気になって、Grove Music OnlineのPopular Musicの項目のうち、定義の部分を読みました。
A term used widely in everyday discourse, generally to refer to types of music that are considered to be of lower value and complexity than art music, and to be readily accessible to large numbers of musically uneducated listeners rather than to an elite.
出典 : Richard Middleton, "Popular music," Grove Music Online (Accessed 06 February 2006), http://www.grovemusic.com/shared/views/article.html?section=music.43179.
「日常のディスコースで広く使われる用語で、芸術音楽よりも価値が低く複雑でないと考えられ、エリートよりも大人数の専門的音楽知識のないリスナーに手早く近付きやすくなっていると考えられているタイプの音楽を一般的に指す」ったところでしょうか。"Considered to be"という一節を入れているのはウマいなあ。
これ以下の議論もちょっと読んだのですが、結局ポピュラー音楽を音楽様式から定義するというのは不可能なのでしょうか。ポピュラー音楽は「世間一般に低いとみなされている、単純と考えられている」ような音楽で、そういった「高い・低い」といった階層性はいろんな社会環境の中で誕生した。そしてこの音楽は常に、他に想像される音楽ジャンルと対立融合しながら歴史的に様々な意味を持ってきたのである、ということか。う~ん。じゃあ一体全体それは何? ってな感じになりそう。ま、「音楽って何?」ってところからして、誰も答えを出していないから (と、ここで思考停止 (^_^;; ) 。
投稿者 cs3daime : 16:11 | コメント (4)
2006年2月 5日
少しずつ、少しずつ
ディズニーやアメリカン・カートゥーンの音楽について、カードに書いた要点をただタイプしただけのファイルがあって、昨日・今日と、それらをプリント・アウトしています。改めて文章として読んでみると、ただがむしゃらに資料から面白いところだけをピックアップしてメモしているので、どうにも作品の本質と関係ないようなことも、たくさん書いてあるようです。これについて、これから徐々に整理していく必要がありそうです。またサントラでメモを取っていると映画との関連が薄いメモになっていることもあるようです。もちろん音楽にフォーカスできる分良い部分もあるのですが、何を言いたいのかを見極める必要がありそうです。『アメリカ物語』 (アメリカ版DVD) をちょっとチェックしていたのですが、サントラに入ってない部分 (例えば作曲者のオリジナルでない作品) で結構面白い部分があったりで、やっぱり映画そのものを観る必要性を感じました。
ところで私はアナログ人間のようでして、要点メモも情報カード、原稿訂正もプリントアウトでやらないと、なかなか進みません。もちろんコンピュータ画面上でも編集作業は行いますが、どうしても粗くなってしまいます。プリントアウトして読んでみるといろんなアイディアが浮かんできてマージンに書き込んだりするのですが、今度はカードに書かなかったりして困ります。まあ最終的な形になればどちらでもいいということなのかもしれませんけどね。なお、レビューのような短い文章の場合は、カードを使わないことが多いです。
今日の午後はディズニーの『ロビン・フッド』を観ました。私はもともと「ディズニー大好き~�」っていう人じゃないんですが (^_^;; 「暗黒時代」(この作品から『コルドロン』まで?)の作品でも、そんなに酷くて観られない作品というのはないですね。むしろもっと前の『王様の剣』が今のところ私にはちょっと…という感じでしょうか。あと私は『シンデレラ』や『わんわん物語』のような、意地悪な人の登場するアニメが苦手、かもしれません。こちらは作品としての質はともかくとして、あくまでも好みですが。
ところで昨日・今日と、尿管ステントのためか、激痛が走りまして、午前はいずれも仕事がはかどりませんでした。また尿管結石に戻ったかのよう。やっぱり早く抜いてもらった方がいいようです。明日病院に電話してみよう…。
投稿者 cs3daime : 12:03 | コメント (0)
2006年2月 3日
短期入院からの退院
1月31日から、尿管結石症の石を破砕するための手術を受けるために、富山県立中央病院に入院していました。私の場合は石が長く腎臓に残っていたので、内視鏡を尿道から通し、レーザー光線で粉砕するという手術を体験することに。手術そのものは全身麻酔だったので、全く傷みも感ぜず無事成功したようです。ただ私は強直性脊椎炎というやっかいな病気を患っているため、麻酔科の人からは「麻酔科泣かせですよ」と一言もありました。麻酔の管が喉を通りにくかったため、かなり突っ込んだらしく、手術後喉が痛く血痰が出ていたのには、そんな理由があったようです。
手術の翌日であった昨日は全粥の食事、本日は常食で、無事出て来たのですが、尿管ステントという長い管が通されているらしく、これを抜くまでは安心できません。とりあえず血尿は続くし、尿感結石のような痛みがステントによって引き起こされることもあるらしいです。用心せねば。
帰って来てからは、病院でも多少はやっていたライリーとグールドのレビューの仕上げ。多分月曜の〆切りには間に合うでしょう。で、16日の講演の方の準備があまり進んでおらず(というか、あまりにもトピックが広過ぎる --アメリカの音楽!) 、困っているところです。とりあえず「白人の伝統」ということで、クラシックの古いところ (フランシス・ホプキンソン辺りにするか、セイクレッド・ハープにすべきか???) 、「黒人の伝統」ということで、リング・シャウトの映像 (ジョージア州のマッキントッシュ郡のもの) やワークソングの録音 (あるいはローマックスのビデオ) あたりを使おうかな、と漠然と考えているところです。入院中にはローマックスの『プリゾン・ソング』2枚や『南部の旅』シリーズからの1枚(いずれも米Rounder) が届き、ちょっとだけ聴いているところです (年末に注文したから、さては船便でおくりやがったな、Rounderめ) 。病院では北村崇郎の『ニグロ・スピリチュアル』やRichard Crawfordの "An Iintroduction to America's Music" (とそのCD、Dr. Brewerにもらった) などを読んでました。前者は読みやすいし、沢山の情報が詰まっています。後者も細かいところまで調査が行き渡っていて、感動ものです。Crawfordには別の分厚いアメリカ音楽史もありますので、それも時間があれば覗いてみましょう。
ディズニー関係もメモをとったカードを整理しました。こっちも執筆しなければ…。