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2005年9月27日
たまには吹奏楽なども
クロード・スミス 吹奏楽のための交響曲第1番 ジェームズ・W・ジュレンズ指揮南西州立大学ウインド・シンフォニー 米Golden Crest ATH-5046 (LP)
クロード・スミスは有名な《フェスティヴァル・ヴァリエーション》のような、極度に難しいテクニックを要求する作曲家として知られているように思うのだが、一方で終始緊張感を保つ、力のある作品を書いているようにも思う。この作品は「ブラスのひびき」のスミス追悼の回に第4楽章「トッカータ」が放送されていたはずだ。
その緊張感はわざと近接する音をぶつける不協和音とフーガ的セクションによって、より高められていると思う。この交響曲の場合は、それに加えて打楽器による煽りが上手く、演奏する方も注意しないと、不必要に音が汚れてしまうのかもしれない。
ネリベル作品集(コラール、エスタンピー、トリティコ) 1986年4月26日「ブラスのひびき」エアチェック
ネリベルは吹奏楽に名曲を多く残していると思う(《アンティフォナーレ》《2つの交響的断章》などなど)。放送されたのは最初の2曲が作曲者指揮のアメリカ第5陸軍軍楽隊、《トリティコ》(当時は《トリチコ》と表記されていた)はウィリアム・レヴェリ/ミシガン大学シンフォニック・バンドによるもの。《トリティコ》はフェネルも録音しているけれど、「本当に楽譜にそう書いてあるの?」と思われる箇所が数カ所あったのも事実。LPレコードそのものもあまり良い録音ではないし、当時は一度メタルテープに録音して、アナウンスをカットしてノーマルテープにダビングという、実に音質的にはバカなことをやっていたので、かならずしも満足する音ではないけれど、演奏の熱意は充分伝わってくる。《エスタンピー》など、冒頭こそ中世/ルネサンスなんだろうけれど、結尾部分に入るとやたらとパワフルである。
ちなみにもとのカセットのB面にはスウェアリンジェンの曲が4つ入っている(ノヴェナ、チェスフォード・ポートレート、マジェスティア、コビントン広場)。まあ、よくこれほどワンパターン…いやいや同じ作風の曲を書けるものだと、むしろ感心したりする。急緩急の分かりやすい形式、シンコペーションを使ったノリ、ベルトーンの盛り上がり、演奏する方がまず楽しくないと、面白くないのだろうな。安易に「職人」という言葉は使いたくないのだが…。
その他海兵隊軍楽隊のライブ録音のLPなど。
(05.10.25. 追記) その後、アメリカ第5陸軍軍楽隊による自演のLPを入手。《交響的断章》も入っていることが分かった一方、《コラール》は入ってないことが分かった。もう1枚自演のLPがあるのだろうか?
Vaclav Nelhybel Conducts The Fifth U. S. Army Band. 米アメリカ第5陸軍軍楽隊 (?) U32 681 (LP).
収録曲は(Side A) Symphonic Movement, Toccata, Adagio and Allegro (この曲のみB. G. Cook指揮); (Side B) Concerto Antiphonale, Estampie.
投稿者 cs3daime : 23:24 | コメント (0)
2005年9月26日
改めて「白雪姫」、そして「ガンダム」
ディズニーの古典的アニメーション映画。映像の美しさは復刻技術の進歩によるものだと思われるけれど、本当に1937年の作品というのは信じがたいものである。
ところで、以前から考えていたのだが、この作品において「絵がよく動く」ことが言われているけれど、白雪姫についてくる沢山の動物たちがいなければ、美しい背景だけでは持たない作品だなあと思う。オリジナルのタイトルは『白雪姫と七人の小人』だけど、より正確には『白雪姫、動物たちと七人の小人』という感じがするくらいだ。もともと登場人物がすくなく物語も単純なので、それでこの長編の長さを持たせるのは実に難しいといえる。また不思議と主人公である白雪姫にそれほど感情移入ができない。動物のかわいらしさ、小人たちの表情には自然に魅入られる割にはである。王子に至っては登場する時間も少ない(これはキャラクターとしてうまく描けなかったという制作側の事情もあるのだろうけれど)。根幹となる話に、多くのサイド・エピソードが詰まっているという印象である。常に動く要素をいかにして作るかということなのだろうな。
それでも音楽的な面白さは否定できないだろうと思う。ディズニーは『シリー・シンフォニー』で、描写音楽を具体的映像と結び付けてアニメ作品としているが、この『白雪姫』においては、そこでのノウハウがそのまま生かされているように思う。もちろん動物や小人の動きにシンクロさせるミッキー・マウジングもある。
先日、お盆の終わり頃公共放送でマラソン放映された『機動戦士ガンダム』3部作の録画を観た。富山には名古屋テレビ系列のローカル局がなかったので(現在もテレ朝系はない)、最初に観たテレビ版が本放送だったのか再放送だったのか、よく覚えていない。ブームだったはずなのだが、私自身はプラモデルにも興味がなかったし、映画にも行っていないと思う。だから、改めてテレビのストーリーをまとめて観たということになるのだろう(それでも当時は『アニメック』を買っていたので、ガンダム特集の濃い内容や効果音のソノシートも楽しんでいたとは思う)。
その映画だが、率直に言うと、なかなか面白かった。「軟弱者」「寒い○○」とか、この頃から使われるようになった言葉もあったように思う。話の方は断片的に覚えているけれど、記憶をリフレッシュすることになった。当時「劇場版」といえばテレビ版の総集編であることも思い出した。それでもこれ以降アニメに「東映まんがまつり」以上のものが求められるようになったのだなあという感慨深いものを感ずる。おそらく絵に関しては、この後、相当技術的な進歩があったのだろうと想像するけれど。
また、漫画『三国志』の後『ガンダム』を観ると、これまた不思議に、『ガンダム』に感じていた新鮮味が薄められたのも本音である。アニメ作品としては画期的ということであっても、二者間における戦国物という捉え方をしてしまったからかもしれない。キャラクターが妙に紳士的であるところも、共通点を感じた。シャアのヘルメットに兜を連想したり、ファンが『三国志』の登場人物で誰が好きかと話題にするのと『ガンダム』のモビルスーツでどれが好きか話題するのも似てるなあ。もっとも『三国志』にあるような謀略といったものは『ガンダム』にはないようであるが(1つあるといえばあるけれど…)。
一方、この映画の主題歌(挿入歌?)はヒットしたんだろうなあ。今は「懐かしい」という感情くらいだけである(何度も観たという人は「名曲」と思っているのだろうけれど)。音楽の方はやはり基本的にアンダースコアのみ。歌もバックグラウンドとして出てくるので、プロモーション・ビデオというほどの映像との強い結びつきもない。あるいはOSTを別に聴くと印象が変わるのだろうか。
本編のほか、『BSアニメ夜話』のモビルスーツに関する対談はあんまり面白いと思わなかったけれど、監督の富野氏のロング・インタビューはものすごく面白かった。「ファンの評価はファンの評価であって、世間の評価ではない」、すごい野望が背後にあったようだ。「映画をつくるのならスピルバーグやルーカスを唸らせるものを」という発言も、この人の意気込みを感じた。でも、ことアニメに関しては、すでにスピルバーグは超えているので大丈夫かも(少なくとも『アメリカ物語2:ファイベル西へ行く』や『恐竜大行進』を観る限り… (^_^;; )。
それにしても、このインタビューに「改憲派」という言葉が出てくるということは予想していなかった。「いつの間にか戦争させられて」というアムロの言葉もあるけれど、そういえば、この国も「国際貢献」している間に「いつの間にか…」になることは考えられていないのだろうか…と、そっちの方にも発想が及んだ。
投稿者 cs3daime : 20:27 | コメント (0)
2005年9月25日
雑感
昨日はベートーヴェンSQ実行委員会の打ち上げ。実に盛り上がる会だった。なんといっても、「やって良かった」という実感が伝わってきてうれしかった。事務局の方がまた記事を一つ書いて欲しいということだそうなので、頑張ります。『北日本新聞』に書いた2000字の記事は思いのほか好評で、とてもうれしい。
好評といえば、私のMCも良かったとおばさま連から声が上がったとのこと。いや~これは恥ずかしい。プログラムの方は容赦ないレベルになっているので、口頭による解説はできるだけ分かりやすくを心がけていたつもり。それが伝わったということであれば、もう望外の喜びということになるだろう。
今後もこういう組織を存続する声も高いそうだ。問題は何を演奏するかだ。目下のところ、ショスタコーヴィチのSQ全曲というのはどうかという話である。著作権料はいくらぐらいかかるのだろう? でもショスタコーヴィチならば、こちらも俄然やるき倍増といったところか。ちゃんとリサーチしないとなあ。富山でショスタコSQ全というのは、あるいはベートーヴェン以上にスリリングな体験かもしれない。
さて、ここ数日はアイヴズの歌曲を立て続けに聴いている。フィッシャー=ディースカウの演奏(マイケル・ポンティ [ピアノ]、DG 2530 696 [LP])について、留学時、20世紀音楽の講義で話題になったことがあり、その時先生が「ドイツのあるバリトン歌手がアイヴズの歌曲を録音したんだが、何かちょっと高尚になった感じがした」というようなことをおっしゃっていた(05.09.27. 追記:残念ながら、これには、ネガティブなニュアンスもあったようだ。もともとのアイヴズの歌曲がもつ世俗っぽさが失われてしまったというようなことである)。聴いてみたところ、思ったよりもドイツ訛りは気にならなかった(気になるアメリカ人はいるようだが)。ゆっくりとした曲が多いせいもあるのだろう。これが《Memories (A) and (b)》とか《チャールズ・ラットレッジ》だったら大変かもしれない。もっとドイツ語の歌を入れて欲しかったというのも感じているけれど(Feldeinsamkeitを聴いてみたい)。その他LPではMarni Nixon+John McCabe(Nonesuch)とCorinne Curry+Luise Vosgerchian (Cambridge)の2つを、とりあえず。
(05.10.01. 追記) フィッシャー=ディースカウのレコードにはFeldeinsamkeitが収録されておりました。お詫びして訂正させていただきます。
今日は無署名原稿送付。Web-Criの改訂…う~む、がむばります>編集長
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投稿者 cs3daime : 22:49 | コメント (0)
2005年9月19日
いろいろ手をだす
Edward StricklandのMinimalism: Originsを眺め始める。しかしまあ、いくらミニマリズムが主題とはいえ、せめて章のタイトルや小見出しが欲しいところ。かなりよく調べてあると思うけれど(文献表を眺めるだけでも随分と刺激されるものだ)、年代順にず~っと文章が流れていくだけというのは、まるで読まれるのを拒否しているみたいだ(譜例も全くなし)。「ミニマリズムとはそういう美学に則っている」などと言えばそれまでだけれど、それはあまりにも自己満足ではないかとも思えてしまうのも人情。とりあえずマージンにいろいろ書いて、情報を探しやすいようにはしているのだが。これと平行してメルテンの『アメリカン・ミニマル・ミュージック』も眺める。大学学部時代に調べ始めたのが幸いか。当時は生協に注文すれば容易に入手できたものである。
しかしまあ、ラ・モンテ・ヤングの音源はどうしてこんなに入手困難なのだろう。 GramavisionのCDはとりあえず入手したが、ShandorのLPはどうしようもなく高い…。
フェルドマンのLPを引っ張り出す。Columbia/Odysseyから2枚(正確には2種類・3枚?)でていたが、今日聴いた初期作品集はコロンビアの最初のもので、後にOdysseyから出たものと曲順が違っている。ライナーもフランク・オハラが担当していて、図形楽譜の譜例も載っている。一方Odysseyの再発盤はジャケットの写真--船上(?)のフェルドマンのポーズ--が豪快なので面白いし(?)、曲順はこちらの方が入りやすいと思う(私がフェルドマン好きになったLPだし、ティルソン=トーマスもこのLPの1曲目、4台ピアノのための作品に感化されたんだったと思う)。Columbiaの方は、ずっと現代音楽っぽい印象を受ける。
その他Web-criのレビューを改訂中(遅々として…)。
投稿者 cs3daime : 22:54 | コメント (0)
2005年9月15日
ベートーヴェン、弦楽四重奏全曲シリーズ、終了
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲が全曲演奏が、昨日の第6回公演をもって遂に完結。歴史的快挙である! 今回も田尻酒店に150人あまりの聴衆が詰めかけ、その熱気たるや、リハの時には全く想像できないものだった。
全コンサートを制覇したという方も少なくなく、コンサートの裏方として若干お手伝いさせていただいた私としてはうれしい限りだ。プログラムにはたくさんの方がメッセージを寄せてくださり、その内容はまるで記念誌をみるかのようでもあった。私のようなヘタクソな解説を覚えてくださっている方もいて、恐縮の限りである。
今回は最終回ということもあって、演奏にも一段と磨きがかかっていたという声も多く聞いた。また今後もこのような音楽公演の運営組織を続けて欲しいいう声も少なからずあったということは、光栄の限りだ。
もちろん、今後、こういう機会があれば、私もぜひ参加させていただきたいと考えている。
演奏してくださったQuadrifoglioのみなさん、運営に携わったみなさん、ご苦労様。会場に詰めかけてくださったみなさん、ありがとうございました。
投稿者 cs3daime : 22:17 | コメント (0)
2005年9月13日
ヤバい。
ここ数日はジェローム・カーンのCDを聴いている。最近はこの辺のレパートリーもすっかりクラシックの仲間入りをしたのだろうか、と思わせるCDも多くでていることを認識。その他ロジャース&ハマースタインの『回転木馬』のOSTなど。Bordmanのカーン伝記やCharles HammのYesterdays: Popular Song in America (New York: Norton, 1979) にも目を通す。このHammについては(この本じゃなかったかもしれないけれど)、中村とうよう氏が批判されていたのを思い出すけれど、KernやRogers&Hammersteinの部分の記述はどうなのだろう?
ところで先日の『NARUTO』ブームは早急に冷め (^_^;; 今度は横山光輝のマンガにハマりつつある。ヤバい状態である。
横山光輝のマンガは、『鉄人28号』の秋田書店版コミックスが最初。もちろんリアルタイムの連載は読んでいないし、白黒アニメも観ていない。だが、古いアニメソングのコンピレーションLPに《鉄人28号》が収録されていて、それに影響されたのだ。その他にも『狼少年ケン』『レインボー戦隊ロビン』『佐武と市』などのテーマ音楽をよく聴いていた。『狼少年ケン』『佐武と市』は、その後CATVのファミリー劇場で観る機会があり、特に後者はその内容も素晴らしく、一時帰国でほんの数話しか観られなかったのが残念だった。
(追記)『鉄人28号』は現在ファミリー劇場で放送されていて、何話か観ることができた。昔のテレビまんがには独特のテンポがあって、どうしても拍子抜けしてしまうのだけれど、子供が主人公でありながら大スケールの国際的な紛争(?)を扱っていたりして、それなりに楽しめた。横山氏が言うように、操縦機が「悪の手先」に渡らないのでは面白さが半減してしまうのだろうけれど。
話を横山マンガに戻すと、秋田書店版は話が途中から始まるので、鉄人誕生の話などがなく不満に思っていたのだが、原稿がないだとか、復刻版は絶版で入手できないとか、あっても高くて買えないとか、中学生の私には戸惑いの種であった。先日別の復刻版が文庫サイズで出されたと知って、第6巻までを集めた。ところが11月からこの文庫版よりも、ずっときれいな完全版が出るということだそうなので、そちらを待つことにした。
横山作品といえば、先日アニメの『ジャイアント・ロボ』を観たばかりであるが、『鉄人』の復刻版を読みながら、そういえばこの『ジャイアント・ロボ』というのは、著者が出版を許可せずにいたため、ずっと読めなかった作品であったことを思い出した。ところが最近こちらも完全版が出たというので、その講談社から出た2冊も購入。帯には40年ぶりの出版であることが謳われている。あ~これがそうだったのか~と、改めて認識することになった。確かに『GR2』の活躍などロボットのかっこよさはある(マジンガーZのロケットパンチみたいなのもあるし…)けれど、個人的には『鉄人』のサスペンスとスリル感に軍配を上げそうだ。最も原作がアニメと全く違っていて、ずっとストレートな展開であるのは、やはり横山作品らしくて好感が持てる(アニメも嫌いではないけれど)。
さらにネットで「名作」とする人も多いと知った『闇の土鬼』を文庫本で読破。これが少年誌に掲載されていたというのは驚き。残忍な殺人場面も多く、「青年漫画誌」なるものがある今日では、こういった表現は少年誌には現れないのだろうな、と思われた。一方内容は時代劇として、忍者漫画として中身が濃く(陰謀渦巻く大人の世界という感じもあるし)、あとがきにあるような、架空の映画作品を想像するのも難しくない。そして、復讐に駆られた主人公と復讐相手が到達した結末がこれほど潔いものであるというのも想像がつかなかったところである。
次は『水滸伝』。梁山泊に集まる豪傑たちが、いずれも世の政治に不満をもつ武勇であったり、謀略の犠牲者であったりするところが面白い。しかし彼らの行動は今日「暴力革命」扱いされてしまうのかもしれない。民主主義の現在では、我々が選挙の投票で行動を起こすのが目一杯ということだろうか。「国を憂う」「民を思う」ということについては、色々考えることがあった。
もうここまで「歴史もの」に絡められたからには、やはり『三国志』にまで手を出すしかあるまい。さすがに一度通して読んだけでは到底物語のすべてを把握できないが、世界史で「三国時代」と記憶していた用語の裏にこれだけのことがあり得た(もちろん『三国志演義』であるから、すべてが史実ではないのだろう)ということがヴィヴィッドに伝わってくる漫画表現というのは素晴らしいものであることを改めて実感することになった。単行本コミック60巻(私のカジュアル・ワイド版では25巻)は、私の漫画読破記録としては最長である。そういえば、中学の頃、これにのめり込んでいた同級生が何人かいたことを思い出した。私もあの時読んでいれば、高校で習った日本史・世界史がもっと楽しく勉強できたのかもしれない。
前にも書いたけれど、ここ10年、漫画というものをまとめて読んできたことはなかった。その理由は、このようにのめり込むのが分かっているからである(ビデオゲームは財布にも厳しいので手を付けないつもりだ)。そうすると、他のことをする時間が大幅に削られてしまう。今後は自重した方がいいのかもしれない…と思ってはいる。
投稿者 cs3daime : 08:15 | コメント (0)
2005年9月 3日
あれこれ、やってます。
久しぶりに博士論文を引っくり返している。ここのところ、アメリカ音楽入門書、ディズニー・ミュージックの歴史という2つのプロジェクトにかかりっきりで、なかなか本家本元のプロジェクトにかかれないでいた。
資料調査の上でもいろいろ動いているようだ。例えばマーク・ブリッツスタインのアーカイヴのある場所がState Historical Society of WisconsinからWinsconsin Historical Societyという所になり、アーカイヴのfinding aidもオンラインで読めるようになったのはありがたい。マイクロフィルム・リーダーでこういう情報を見るのは大変だからだ(→こちら参照)。
一方、ここ1年半ほど取り組んできている2つのプロジェクト、アメリカ音楽の方は「ポップス・オーケストラ」の概観がようやくまとまりつつあるところ。今度は実験音楽をやるべきか、はたまた初期アメリカ音楽に飛ぶべきか。ディズニー音楽の方はアラン・メンケン、ハワード・アシュマンについてずっとやってきたけれど、こちらも初期に飛ぶべきか。短編映画については、『シリー・シンフォニー』の初期、白黒作品があまり観られないのが残念。『白雪姫』以降の長編も、もっと突っ込んだ調査が必要だろう。Care Rossの書いた文章はあまり長編に触れられていないので、実際にDVDやOSTに触れてメモをとらねばならないだろうな。もちろんDavid TietyenのThe Musical World of Walt Disneyがあるけれど、いわゆるパッチワーク風の本なので、これは研究書というよりは、ソース・リーディングの本といった方が正しいだろう。しかもウォルトの死後からメンケン時代までは、当のディズニー社もあまり扱いたがらないのか、資料を探すのが大変なのである。エルマー・バーンスタイン、ヘンリー・マンシーニというビッグ・ネームが出る割には、である。
その他、『レコ芸』はシュワントナーの作品集(英Hyperion)について書く予定。アンドルー・リットン/ダラス交響楽団のものである。