« [Movie] ディズニー『アトランティス』 | メイン | [Misc.] 引き続き »

2006年4月20日

[Misc.] とりあえず

Star Wars Trilogy (OST) Sony Classical SX6K 934151

今さらながら、『スター・ウォーズ』のサントラを購入しました。アマゾンのギフト券が今月末まで有効ということで、つい。実は私は『スター・ウォーズ』のシリーズに関しましては、エピソード1までをすべて映画館で観ております。ですから、おそらく「スター・ウォーズ世代」の末席に加えてもらえるのかもしれません。しかし第1作目 (Ep. IV) を観た時は小学校の半ばなので、どれほどその内容を理解したかについては、自信がありません。もっとも、こういう映画は子どもの頃に観た方が感動するとおっしゃる方もいらっしゃるようですが。

アメリカでは Ep. 1 を封切りの週に観に行きました。チケットを買うのに、友達に先に列に入ってもらっていて、それでも1時間半くらいかかりましたし (前売り券購入者が建物の外にまで続いていたのは、タラハッシーでは初めて体験しました) 、当日入場するにも、開演時間ごとに列を作って待つという、大変な騒ぎでした (私の観た回の次の次くらいまで、すでにプラカードを持った係員がいたように記憶しています) 。コスプレしてる人も結構いましたね。それで、例の「ジャ~ン」という音とともに映画が始まると、映画館の中に雄叫び (どよめき?) の声があがります。個人的には、あの宇宙に浮かぶ、動く字 (あらすじ) の部分に懐かしいものを感じてしまいましたね (私も思わず「おおおお」と思いました) 。しかし、その後のつまらなさ… (以下省略)。

そして、多くの人のように、私もこのテーマ音楽には強烈な印象を持っていたのですが、映画のサントラには手を付けていませんでした。実は友人にこの映画のサントラのファンというのがおりまして、彼からずっとポリドール時代のサントラを借りている訳です (いちおう両者の同意のもとに私が借り続けているということになると思います) 。しかし、一度聴いたっきりで、それっきりになっていたのですね。Ep. IVからVIについてはその後フロリダ時代に寮のテレビで観まして、それなりに楽しめたのですが、やはりサントラの方には戻らなかったです。

ところが最近『アイガー・サンクション』や『タワーリング・インフォルノ』といった、『スターウォーズ』以前のジョン・ウィリアムズ作品に触れる機会がありまして、そういったものが面白いと感ずるようになりまして、それでもう一度『スター・ウォーズ』をトライしてみようという気になったのでした。

さっそくEp. 4から聴いてみましたが、以前よりは入り込めるようになったようです。おそらくポリドールのCDよりも音質が改善されたからでしょう。それでも、やはりテーマ音楽のインパクトが強過ぎるのか、スコアの部分にしても、主要テーマを聴くととたんに耳が引かれるといった感じになってしまって、その他は割と聴き流してしまいそうになります。

それにしても、ライナーが寂しい限りですね。ウィリアムズのコメントでも載せてあればいいのですが、ポスターが入っているだけです。映画ファンの購入を見込んで作られたと察しますが、「音楽聴けばそれでオシマイ」というサントラにお金を払うのはもったいないなあ、という気持ちも起こったりします。

今はとても時間がありませんが、そのうち映画本編も見直さなければならないと思いました。

ところで最近映画の本を読んでおりまして、「B級映画」という用語がちょっと気になっています。音楽ですと、特定の作品が「ゲイジュツ」であるかないか、という物言いはすでに過去のものとなりつつありますが、映画の方ではどれがA級でどれがB級なんて言い方があるのですね。

さらには「 (ヨーロッパ映画に対して) アメリカの作品はエンタテイメントで…」という時、たいてい「エンタテイメント」という言葉に、何かしらネガティブな意味が込められているように聞こえます。音楽ではかならず大議論になるようなこういう言い方は、映画では割と普通に行われているのかな、と認識を新たにしたところです。

クレストンの資料、今日は「音楽とマス・メディア」という文章を読んでいます。彼はテレビ音楽の経験もありますので、いろいろこの分野には一家言あるようですね。

『音楽文化の創造』にアラ・パヴロワのCD評 (Naxos: Monolog, Old New York Nostalgia, Sulamith [8.557674]) ならびに『ハイブラウ/ロウブラウ』の書評を送付。『北國新聞』に「第5回 北陸新人登竜門コンサート」の演奏評を送付。

投稿者 amekura101 : 2006年4月20日 22:38

コメント

「芸術」にはABCはつけられませんが、「商品」にABCはつけられると思います。制作費であれ、出演者や監督の格であれ、何らかの数値化もできますし。映画の制作費は個人で手に負える額ではないので、最初から「商品」であることは前提というか。

投稿者 のの : 2006年4月21日 01:20

ののさん、ありがとうございます。

例えばディズニーの場合ですと、『ライオン・キング』と『ポカホンタス』の製作は同時に進んでおりまして、社の方では前者はBプロダクション、後者はAプロダクションとして進められていたそうです。これは企業側の経済的な発想として、例えば予算の配分とか、ベテランの製作者たちの割合とか、売り込みのかけ方とか、作曲家の選択とかが考えられていたようです。「主力商品」はAといったやり方。こういう考え方は東映動画にもあったそうですね。

一方で、「このB級映画は」といった言い方が批評文においてなされる場合は、そういった企業論理以外にも何かあるように思えてしまいます。テレビでいえば「深夜放送」という時に浮かぶイメージといいますか。これは現実として予算が小さいプロダクションということと、それに伴う、何かしらの質(例えば「チープな感じ」といった)をも内包しているように思います。なるほど、そういう考え方もあるのかな、と思うわけです。

ところがそれだけでなくて、「このB級映画は」という場合には、何かしら「駄作」といったニュアンスが含まれているような書き方もあるように思われます。こういったのは、明かに商品価値というよりは、作品の「優劣」のように感じられてしまうのです。

アメリカの教科書なんかみてても「B movie」という言い方が書かれているので、もう少しいろいろ読んでみると、どういった意味で使われてくるのか、明確になってくるのかもしれません (あ、クレストンの文章にも、メディアの音楽の議論について、議論の対象を明確にする部分に "we are considering only productions of high artistic intent in every element of the presentation [...] not trite soap operas or Class B movies" なんて書いてるなあ。) 。

投稿者 amekura101 : 2006年4月21日 08:19