2007年9月13日
[宣伝] ディズニー映画音楽徹底分析
(2007年9月13日 追記)
表紙が新しくなりました。どうぞよろしくお願いいたします。
(2007年4月22日 追記)
『音楽の友』2007年5月号に、小沼純一さんによる書評が掲載されました。「News & Information」の18ページです。このコーナーは雑誌本文とは別のページ番号がついておりますので、冊子の後ろから18ページ目を探してくださいませ。
この本の特徴について、箇条書きにしてみたいと思います。
・短編で扱ったのは『ミッキーマウス』と『シリー・シンフォニー』のいくつかで、音楽の形態の変化について概観しました。コンサート/ミュージカル・ノヴェルティ、アンダースコア、オペレッタなど、形式的な発展を追うように記述しました。ドナルドやグーフィー、プルートのシリーズについては、突っ込んでいません。音楽の使われ方の変遷を追うには『ミッキー』と『シリー』だけで大丈夫という認識があるからです。『シリー・シンフォニー』については、「三匹のこぶた」、「音楽の国」、「水車小屋のシンフォニー」を中心に述べました。
・また、『ミッキー』、『シリー』の各作品に引用された曲を、愛国歌、愛唱歌、子どもの歌、クラシック、ポピュラーなどに分類したリストを作りました。『シリー』の場合は、オリジナル曲も書き出しました。
・『シリー・シンフォニー』を集めたDVDの続編が昨年末アメリカで発売されましたので、将来的には、情報が追加される可能性があるでしょう。
・長編アニメで扱ったのは『白雪姫』から『ホーム・オン・ザ・レンジ』です。「ラテン・アメリカの旅」や「イカボードとトード氏」をはじめ、「きつねと猟犬」、「コルドロン」、「ビアンカの大冒険:ゴールデン・イーグルを救え」など、マイナーな作品も、もれなく扱っています。ただし2次元アニメーション作品が主で、実写の入ったものは「南部の歌」と「メリー・ポピンズ」のみです (この2作品については、コラム記事扱いになっています) 。
・それぞれの作品の主題歌とスコア (背景音楽) について書きました。入手できた資料と執筆時間の関係により、挿入歌を一つ一つ解説した部分と、まとめて述べた部分とがあります。
・「大人の事情」により、キャラクターのイラストはありませんが、2次元バーコードや図表、若干の譜例が入っています。参考文献、資料は脚注に記してあります。
・スコアの分析はDVDの時間表示を使いました。
・日本語版DVDのない作品はアメリカ版DVDを使いました。「メイク・マイン・ミュージック」の1曲目はアメリカ版DVDにも収録されていないので、かつて日本で発売されていたビデオを入手しました。『南部の歌』については軽く触れているだけですが、一応レーザー・ディスクとサントラLPを入手しました。『三人の騎士』のサントラはアルゼンチン盤を取り寄せました。
・ドン・ブルース監督の「アメリカ物語」と「リトル・フット」の挿入・主題歌についても、ディズニー外の作品ですが、コラムで簡単に触れました。
この説明については、折をみて、追加していきたいと思います。
なお、Blogの右側にある「メニュー」から「アニメ/カートゥーンの音楽」を選ぶと、関連エントリーをまとめて読むことができます。
投稿者 amekura101 : 21:23 | コメント (0)
2007年5月 1日
アニメ『ジパング』を観ました
海上自衛隊のイージス艦「みらい」が、米軍海兵隊との演習のため真珠湾へ向けて出航したが、ミッドウェー沖合で突如嵐に巻き込まれ落雷を受け、ミッドウェー海戦直前の1942年6月4日の太平洋上に突然タイムスリップしてしまうという物語。いわゆる「歴史のIF」である。
最初はナショナリズム的な匂いがして嫌だったが (「同じ日本人だから」というセリフが、どうしても頭から離れない) 、戦争のまっただ中に飛び込みながら、専守防衛を遂行する自衛隊として救命活動に専念しようという姿勢に感動させられる。もちろんこれは、専守防衛と戦争という2つの価値観を意図的にぶつからせる設定なのであり、「同じ日本人」で、軍艦と殺戮兵器を持ちながら、その背後にある政治情勢や社会から生まれる違い (軍艦/護衛艦、軍人/自衛官など、言葉にもそれは現れている) を提示したものだといえる。確かにナイーヴではあるけれど、最終的に時代に打ち勝つ事のできない不甲斐なさを実感すること、あるいは時代の諸価値観・戦争観の違いを浮き立たせるためには、これくらい引っ張らなければならないのだろう。
また、自衛隊員たちが実際に殺戮行為をしていなかったことから生まれる葛藤というのは、「集団的自衛権」の欺瞞に巻き込まれた時の彼らの境遇を察するのには充分すぎるほど充分であり、こういった窮地に自衛官を追い込むような未来を作っては絶対にいけないと思う。
Historyとstoryの違いは何か、と言われることがある。かわぐちかいじ氏の漫画にもとづいたこのアニメは、明らかに虚構だけれど、その虚構からも学ぶことが多くあった。
非常に重い主題を扱っており、何度も立ち止まって考えさせられる作品であった。
私が感じた難点は、最終話が「つづく」であり、また、その幕引きがあまり鮮やかでなかったことである。しかし、そこまでの話でも、すでに充分完成度があり、続きは原作でどうぞ、ということなのだろう。
この作品を観ながら、『我、自衛隊を愛す故に、憲法9条を守る―防衛省元幹部3人の志』という本が最近発刊されたのを思い出した。あるBlog記事によると、著者の一人である箕輪登氏は「護憲タカ」なのだそうだ。しかし自衛官が憲法第9条を失うことに強い抵抗を感ずるというのは、むしろ当然のことであると思う。命の大切さを誰よりも知っている人たちが彼らであると思いたい。いつか手に取ってみたい本である。
投稿者 amekura101 : 11:46
2006年12月28日
ディズニー本、発売になりました。
初めての単行本、『ディズニー映画音楽徹底分析 ~これ1冊でディズニー映画音楽のすべてがわかる~』がアマゾン経由で購入できるようになりました。どうぞよろしくお願いします。
投稿者 amekura101 : 10:30
2006年12月22日
ディズニー本、発売近し
21日、スタイルノートさんから、私の単行本、『ディズニー映画音楽 徹底分析』が10冊献本された。前にも書いたけれど、特徴としては、とにかく情報量の多さだろうか。「本国でもマニアしか見ないだろうな」という作品も、長編というだけで全部入っている。ミッキーマウス・シリーズのアニメに引用された曲のリストなんてのも、初めての試みかも。
本当は短編作品における作曲家のリストというのもあって、Excelファイルになってるんだが、これは割愛された。文献リストも、脚注の参考文献を持って代えることになったようだ。ディスコグラフィーがないのは残念かな。まあ、いずれも私のサイトでPDFファイルとしてアップしましょう。
出版社の社長さんは「次は、アメリカのライトクラシックでしょうか!?」とおっしゃってくれた。私はこれに対して「親しみやすい作品を中心に組んだアメリカ音楽の本といいのもいいですね。」と返そうと思う。本当はハードコアな実験音楽を含めた重厚な本も必要だと思うが、軽めのものを書きながら、いろいろ調べるというのもよいのかもしれない。ルロイ・アンダーソンとファーディ・グローフェという、日本では学校現場で知られている作曲家たちもいるのだし。
以前、某出版社向けにポップス・オーケストラのことを書いたことがあり、その原稿の一部は「クはクラシックのク」という『レコ芸』の記事にさせていただいた。本来は、その「セミクラシック」を扱った記事から、各ポップス・オーケストラへと続いていく章を考えていたのだ。おかげでこの類のCDが増えてしまった。John WilliamsのBoston PopsのCDは、本国アメリカでは、ほとんど廃盤。日本では依然人気があるので廉価で出ている。『CDジャーナル』のレビューで「JWの知名度は本国アメリカ以上」と書いたのは、そういうこともあってだ。アメリカでは映画音楽を聴けば「ああ」ということはあると思うけど、吹奏楽をやる連中がジョン・ウィリアムズという名前を知っているとは思えないのである。スクール・バンドがほとんどだし、その機能といえば、フットボールのマーチングバンドに近いですからね。
昨日も仕事以外のCDを聴く。やはり民族音楽だ。某所でJVC World Sound Specialのオセアニア関連がさらに入手できた。サモアとトンガの音楽が集められた『ポリネシアの音楽 [IV] 』が良かったかも。
投稿者 amekura101 : 20:56
2006年9月14日
引き続き
作業
・『三人の騎士』の挿入歌について、データを探しまくる。マーティンの本で触れられている曲って、いったい何なのよってことですよね。New York Timesのレビュー (1945年) からは、また違ったデータがでてくるし。ヤレヤレである。複数の資料をもとに、クレジットを再構成して一覧にしてみた。
・『くまのプーさん』 (ブエナ ビスタ DVD) キャラクターとしてのプーさんの人気はすごいものだと思われるけれど、映画の作品については、どのくらいの人が観ているのだろう。もともと中編として作ったものにエピソードとツナギ部分を足したので、全体のまとまりはイマ一つ。『ふしぎの国のアリス』同様、エピソーディックな展開で、最後にクリストファー・ロビンの成長を付けてみたという印象。それはそれでほろっとさせられるけれど (幼少の世界との決別というと『ピーターパン』みたいではあるが) 、そこまでに行きつくための前置きというのは全くない訳だから、完全に感情移入できないということがある。
MP3
マック愛好者なので、iTunesは昔から自然になじんできているのだけれど、実はiPodなど、MP3プレーヤーは購入していない。その理由の一つは、音楽を聴く機会が家の中か車の中か、どちらかに限定されているからだろう。携帯音楽プレーヤーが必要になるのは、例えば旅先で歩く場合なのだろうけれど、そういった遠出をする時は、音楽やコンピュータという日常から離れたいという欲求も働くため (レコード屋や本屋には足が向いてしまうが…) 、音楽プレーヤーが必要という気にならない。
さらに、音楽の聴き方も影響していると思う。つまり、音楽プレーヤーを使う人、あるいはおそらく世間の大半の音楽ファンもそうだと思うのだけれど、そういう人たちにとっては、自分の好きな音楽がいつでもきける・何度でも聴けるのが、こういうプレーヤーを持つことの意味になるんだと思う。私がそれと多少違うのは、常に自分の聴いたことのないものを探す傾向があるからだと思う。同じ曲でも違う解釈、現代の新曲、未知の音楽分野…。そういったことを日々目指そうとすると、MP3のファイルを新しい曲を聴く都度に作るのが面倒なのだ。
もちろんiTunesには、自分の好きな曲も入っている訳だが、実はあまり膨大なリストにはなっていかないというのが本当のところ。しかもクラシック作品でないものが圧倒的である。ポータブルCDプレーヤーは、アメリカで購入したソニー製 (マレーシア製造) を使っている。当時 (5~6年前) 光学出力のあるポータブルCDプレーヤーは、かの地では珍しかった (日本では当たり前になっていたと思うが) 。
iTunesの新しいバージョンをダウンロードしたのをきっかけに、ちょっと書いてみた。