2004年10月31日
サンデープロジェクト
で描写された、ブッシュ陣営をサポートするキリスト教原理主義者たちの実態についてのレポートを興味深く観た。アメリカの大統領を選ぶのに、どういった政策を主にするのかについて、例えば宗教者には妊娠中絶の是非で攻めるという作戦を利用している。大統領というと、アメリカくらいの影響力を持つ国であるから、必然的に国際関係について目を向けると思われがちであるが、そうでなくて、国内問題の解決や、人種の問題も微妙に絡んでくることについては、私も常々ラジオの解説や新聞の論説などで知ってはいた。
それでも妊娠中絶からブッシュ支持までは(彼らの信条なのだから)理解できるとしても、だからイラク政策も支持という思考経路は理解しがたい。
いつも思う事だが、こういう場面に出てくるアメリカ人というのは、本当にアメリカ国外のことは知らないし、知ろうとしないものだと思わされる。
メガ教会 (!?)における案内表示の無いところから、閉鎖的な教会の性格に至る分析は「へえ~」だったけれど、そうするとこの「閉鎖性」も国単位にまで拡大されるということか。
私のいた教会は、こういった(洗礼のやり方から、おそらく)バプテスト派ではなかったのだけれど、愛国主義と宗教の結びつきは、独立戦争時にまで遡れるのではないかと思う。そして愛国主義と音楽も。
以前ワシントンDCのゲストハウスに泊まった時、「世界がこんなに混乱しているのは何故だろう」という議論をしていることがあった。そこで私は「アメリカにも責任があるのではないか」と言った。このゲストハウスのホストは、私の発言を「アメリカにすべて責任がある」と読み取った。極めて興味深い誤解だと思い、「そうではなくて、自分が何か原因を作り出している可能性を考えるべきではないか、どちらかが悪いということではなく、お互いに問題があると考えるべきではないか」と発言した。
「善悪二元論」の問題点が指摘されるようになった。私はハリウッド映画における「勧善懲悪」というのは映画の世界だけのものだと思っていた。しかしアメリカに長く滞在するようになると、案外これはアメリカの社会そのままの縮図なのではないかと思うようになった(映画評論の人なら、反対にハリウッド映画が社会に影響したと考えるのかもしれない)。
投稿者 amekura101 : 2004年10月31日 12:21