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2005年8月 4日

忘却の昔/忘れられない過去

NHKの『クローズアップ現代』にて、アメリカ人が原爆投下について、いかに肯定的に捉えているかが改めて報道されていた。多くの人々を無差別に大量に虐殺する兵器としての原子爆弾の力に政治的後押しがあると、こうも本質が見えなくなってしまうのである。怒りの感情が自然に込み上げてくるというものだろう。どの国も自分がやったことについては簡単に忘れるが、やられたことは決して忘れないものなのだ。アメリカの真珠湾、アジアでの日本軍、そして大空襲と原爆。

この番組でシカゴの博物員の職員が言っていたこと、つまり「平和」を唱えることが「愛国的」であることと反対だという発言はショックだった。昨今の日本にも当てはまるだろうからだ。戦後の平和な時代を「戦後民主主義」というキャッチコピーで揶揄するのはやめてもらいたい。「戦後」という言葉をここから取れば、いかにこういった動きが危険かが分かろうというものだ。自由の意味をはき違えているという発言もよく聞く。それはアメリカでも頻繁に耳にした。問題は民主主義ではないのではないか? 本当に民主主義を失っていいのか、平和を失っていいのか?

近頃盛んに話題となっている防衛、その防衛とはそのまま軍隊を増強したり武器を大量に保持することではないということも忘れがちだ。お互いに多くの殺戮兵器を持てば持つほど、危機感はむしろ増大する。それよりも、お互いの理解や外交の手腕のことを考えるべきだろう。前者であれば、人単位の付き合いをもっとするべきだ。國だ民族だと言う前に、実際に会ってみる、話してみる、そして考えるということではないかと思う。殺人は刃物を持つだけで起こるのではない。そこには動機も存在するのである。

投稿者 amekura101 : 2005年8月 4日 22:07

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