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2005年10月27日

音楽の記憶(私と『ガンダム』の場合)

一度何かにのめり込むというのは怖いものだ。実はお盆の終わりに放送された『ガンダム』劇場版3部作を観てからというもの、なぜかガンダム(世間では「ファースト・ガンダム」などと言うそうだ)が「マイブーム」になってしまい、映画とテレビのOSTまで入手してしまったのである。

ところが不思議なのは、映画版のOSTには、いま一つ入り込めず「ああ、こんな音楽だったな」という程度で、聴き流した程度だったのに対し、テレビ版OSTを聴くやいなや「コレこそガンダムの音楽だ」と胸が熱くなるのである。映画版の音楽がテレビ版を下敷きにしており、そのうちのいくつかはアレンジ(あるいは即興的楽句)や録音が違うという程度のものであるのに。

そう、なぜかテレビ版にくるビンビンとした感覚が映画版にはない。もちろんテレビ版にしか使われていない音楽もあり、最終回のオーラスで使われていた《宇宙 (そら) よ》 (アンクルンが入っているのは気が付かなかった) という楽曲などに感ずる底知れぬ感動は映画版のポップ・ソングでは全く伝わってこなかったのである。

以前インターネット上の掲示板において、ガンダム劇場版の特別版DVDにファンの間から強い批判が浴びせられるのを見たことがある。何でもDVDの音声は新しく録り直したらしく、特に《哀 戦士》の使用箇所の違いが我慢ならないのだという。私はこの映画はおそらく観ていないはずで(実家に《砂の十字架》のドーナツ盤があり、妹によると私が購入したそうだが…?)、先日の放送でようやくそういう違いのあることを知ったばかり。また歌の登場に関しては、むしろ違和感を感じていた方でもある。テレビ版には当該の挿入歌がなかったからだろう。第3作目の『宇宙へ』という映画のエンディングの《めぐりあい》も同じで、テレビ最終回で使われた楽曲《宇宙よ》でないのは確かだからである。

当時映画版の音声を録音し、繰り返して聴いていたファンも多くいたという。実は私もテレビ版の最終回は録音して何度も聴いていたという経緯があり、「『ガンダム』の最後はこういう音楽だ」という記憶が染み付いているに違いない。

しかしまあ、テレビ版の本体の最初(永井さんのナレーション)に流れる《長い眠り》など、ホルンとトロンボーンの平行進行によるコラールの後の、ヴァイオリンの上行パッセージが映画ではオクターブを変えて2回演奏されるというだけでも、すでに違いとして感じていたのであろうか。人間の記憶というのは不思議である。このテレビ版のトラックの後半は映画版では別のトラック(紅の起動兵器 M-14)になっていて、テレビ版のちょっとたどだどしいティンパニーは改善され、テンポがアップし、スリル感も高まっているハズなのに、映画版の方ではなくテレビ版の方にピンとくる。

映画版は全般的にテンポが速くなっているものが多い。例えば半音進行を多用したベースで始まる無調風の冒頭が印象的な《窮地に立つガンダム》(TV)も《ガンダム起動 M-4》(映画)ではずっと速くなっている。テレビ版でもいつの間にかテンポが上がってきているが (^_^;; 冒頭のアーティキュレーションが違うのは聴き比べて始めて分かった。それにいろんな要素が入っているのは映画の方。それでも記憶はテレビ版の方なんだなあ。

不思議だ。テレビ版を観ていたのは小学生の私なのに。今から思うと、映像に見る戦闘のスリル感と、ちょっとのんびりとした感覚の音楽との組み合わせに、当時は大きなインパクトを感じていたのかもしれない?

2つの気になるBGMを両バージョンともiTuneに入れて聴き比べる。う~ん、な~るほど~、映画版の魅力もあるなあ。テレビ版のをもう一歩進めたという感じもなくはないなあ。純音楽的にはメリットもあるということか。う~ん、よく分からない。

ところで先日『アニメック』を眺めていたら、『ガンダム』の監督は『ヤマト』と『コナン』を超えるというのが目標だったそうだ。でも『コナン』は超えられなかったとも言っている (^_^;; →出典:富野喜幸、「機動戦士ガンダムを終えて」『アニメック』第10号(1980年4月)、82ページ。『ガンダム大事典』(『アニメック』第16号、1981年3月)、79ページに再録。

投稿者 amekura101 : 2005年10月27日 15:59

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