2008年4月10日

今年のピューリッツァー賞

だそうです。

David Lang, The Little Match Girl Passion.

音も聴けるようですよ。

投稿者 amekura101 : 22:07 | コメント (0)

2008年3月 3日

サイト更新

音・音楽関連のリンク集をアップデートしました。追加項目、追加サイトもあります。

・(2008年3月 3日 14:52)
富山と石川の音楽に関するエントリーを別ブログにしようと思います。その方が、特徴あるブログになるような気がします。以下、URLです。

http://toyama-music.blogspot.com/

投稿者 amekura101 : 15:07 | コメント (0)

2008年2月27日

ニューヨーク・フィル、平壌公演

以下のレポートがあります。

・Daniel J. Wakin, North Korea Welcomes New York Philharmonic ("The New York Times")

ロイターには動画が2つ。

Playing in Pyongyang ("Reuters")

NY Orchestra Plaay in North Korea ("Reuters")

とある情報によると、「ヨーロッパでも独仏共同公共放送アルテが」「全編を中継し」たそうで、「1500人の聴衆は労働党の幹部とその子弟プラス諸国の 外交官」だったとのことです。

投稿者 amekura101 : 11:15 | コメント (0)

2008年1月20日

レコード芸術2008年2月号

『レコード芸術』2月号、海外盤試聴記に2つのCDを取り上げました。

(1) ヴァージル・トムソン:映画音楽《大平原を耕す鋤》、同《河》→アマゾン

(2) ギャヴィン・ブライアーズの驚くべき箴言〜初期作品集→アマゾン

(1) は、「交響/管弦/協奏」セクション、252ページです。 (2) は「室内/器楽曲」のセクション、257ページにあります。

投稿者 amekura101 : 17:48 | コメント (0)

2008年1月14日

雑感・感想

武満徹が著書『夢の引用』で、フェリーニが「シネマ・ヴェリテ」に対し「”映画の嘘つき”のほうがいい」と語った一節を引用していた。とっさに思い出したのは、小沢昭一による放送大学「芸能と社会」の一エピソード、「テレビの社会学」である。小沢は、テレビという媒体が役者のありのままをさらけ出す表現を助長し、その結果、「作る」ことが難しくなったと歎いていた。

もちろんテレビに映し出されるタレントの馬鹿笑いや暴言というのは、視聴率を稼ぐための「芝居」であるかもしれない。しかし、そうはいっても、演劇や映画で行なうような「芝居」とは明らかに違うことは確かだ。いかにも自分たちの身の回りにいる人が何かを言っているというような「装い」をするに違いない。

誰が語ったか忘れたが、アイドル・タレントが「天上」の存在ではなく「身近」なものとして現れるようになったという。これにはテレビが家族全員の団らんの中で共有される娯楽ではなく、一人一台という受像機という地位にテレビが君臨した (あるいは陥った) ことによるところが大きいと、その人は言っていた。

秋山邦晴『日本の映画音楽史1』 (田畑書店)

日本の映画音楽の研究者になろうとは思わないけれど、とりあえず基礎文献くらいは押さえておきたいと思い入手。インタビューを交えた貴重な資料であることは間違いなさそうだ。秋山は『キネマ旬報』にも連載を長く続けている。少しずつそっちの方も読んでみたいものだ。

Gian Carlo Menotti, Amahl and the Night Visitors (VAI, DVD)

この作品がアメリカでクリスマス・ストーリーとして評判になったというのは納得できる作品である。しかしキリスト教国でない日本では、どのくらい受け入れられるのだろうか。神の救い、奇蹟、イエスを求める巡礼の旅。演技もなかなかだ。

小さな編成で、45分ほどのオペラ。しかしそこには、言葉が生きたささやかな物語があり、踊りがある。

ただメノッティは、自分が演出にかかわれなくなってからのプロダクションにかなり不満を抱いていたらしい。確かカラー映像もビデオで持っていた。あれはいつの放送だったんだろう。

投稿者 amekura101 : 10:47 | コメント (0)